甲斐は安物のソファにぐったりと腰を下ろした。黒い革のクッションは端のあたりが裂け、白い棉が臓器のようにさらされている。彼は短くため息を吐いた。
退屈である。
見渡してみても、この部屋には暇つぶしになるようなものは何一つない。目に映るのは高く積み上げられた空の段ボールと、ほとんど何も入っていないステンレスの戸棚だけだ。
時間と四肢をもて余して待っていると、扉の鍵が開く乾いた音が聞こえた。この場所はいわば秘密の隠し部屋だ。甲斐や長門を含む数人が鍵を持っていて、他の人間は入ることができない。
一つしかない扉を開け、紺色のスーツ姿の男が姿を現した。今回も平然とした態度でタブレットを抱えている。彼は入室してすぐに内鍵を閉めた。
「まんまと逃げられたようですね。あの二人組に」
紺色スーツは、刃物のように角の立った眼鏡を直しながら言った。甲斐は背を向けたまま、両手を後頭部に回す。
「生身でクレイ・ドールを破壊するとは、狡猾な人たちだ」
「しかし、佐賀美サツキは異常なまでの適性を見せました。彼女がコンテナと接触したのは全くの偶然ですが」
今回の結果は遺憾としか思えない。甲斐は苦い表情で手の甲に顎を載せる。
「彼女はそれほど高い適性を見せたにも関わらず、計画を拒絶した。そうなると、我々にとってあれは非常に危険な存在だ」
「いかがいたしましょう、甲斐さん」
紺色スーツはソファの正面に回ってきた
「可能なら排除すべきだが、今やそれもリスクが高い。予定を変更し、我々の計画に組み込む方が得策だろう」
甲斐は灰色のスーツの襟を直し、低い声で言った。相手は不審そうな表情を向ける。
「できますかね」
「可能なはずだ。我々の考えのすべてを知れば、きっと理解するはずだ」
甲斐は自信ありげに言った。先ほどの起動実験で、クレイ・ドールの性能は十分に証明された。あのロボットは、人間そっくりの駆動をするだけでなく、並みの人間には不可能な身体能力を披露して見せた。
結果的に列車と接触し大破したものの、甲斐たちは長門が残した置き土産の恐ろしさを実感した。彼は、普段は寝転んで詩集なぞを読みふけっているのに、時々思いついたように機械をいじり、度肝を抜くようなもの生み出してしまう。長門が逮捕される直前、甲斐は送り届けられた部品を組み立て、クレイ・ドールを完成させた。
しかし、驚きはその後にも続いた。クレイ・ドールを数体製作し、いつもの闇ルートに出展したところ、不可解な依頼が舞い込んだ。取引先が、クレイ・ドールを金ではなく、「クレイ・ドールを完成させる技術」でもって買い取りたいと主張したのだ。
当初、甲斐は「すでにクレイ・ドールは完成している」と主張した。製品はプログラム通りに、人間そっくりに動くことが証明されていた。
だが、取引先は、「そんなことはどんなロボットにもできる」と言い返した。彼らは続けた。クレイ・ドールは、人類の第二の肉体になるのだと。さらに仕上げとして人間の頭脳が必要だと付け加えた。それは甲斐の頭脳には務まらず、質のいい脳が必要らしい。
スポーツ選手に代表されるような特殊な技能を身に着けた人間は、ただ必要な部位の筋肉が発達しているわけではない。筋肉の扱い方を体が覚えているのだ。人間の場合、そうした技能はインタフェースでも得ることができず、ひたすら反復練習を繰り返すほかない。ところがロボットなら、それがプログラムのインストールで解決する。プログラムをコピーすれば、別の個体に転用も可能だ。
そのプログラムを完成させるために、佐賀美サツキの頭脳が必要だった。
※
黒いワンボックスカーは、木製の家屋が並ぶ集落の一角に停車した。近江の腕時計を盗み見ると、時刻はまだ十五時手前だった。空が雲に覆われ辺りが暗く見えるせいか、夕方と錯覚していた。
山門がエンジンを切り、車体の細かい振動は停止しカーナビはブラックアウトした。
「ここがうちだ」
彼は一言呟き、運転席から出て行った。近江も後部座席から身を降ろし、佐賀美がそれに続く。山門の家の周辺には青々とした雑草が茂り、葉を落とした桜の木が硬い地面に根を張っていた。足元の側溝には水が流れ、近くに川が流れていることが分かった。
インタフェースを開発した人物の家が日本家屋なのは少々意外だった。しかし、本当に古い家というわけではなく、一般的な一軒家から和洋瀬中の割合を反転させたような造りだ。
三人はすりガラスの入った引き戸を開け、山門の家に入った。和室には静かに笑みを浮かべる女性の遺影が立てかけてある。山門の妻は病気で亡くなったと近江が話していたのを思い出した。娘も上京している。今の彼は一人暮らしだ。一人で住むには広すぎる家の中で、一人で食事し、一人で床に就く山門の姿を想像した。孤独が善か悪かという話題になれば、彼女の考えはおそらく近江と一致するだろう。孤独を好む人は一人で生きればいいし、それが苦痛に思うのなら、家庭を作ればいい。しかし、後者であるにも関わらず、家族を失って一人で生きることを強いられるのは、あまりに残酷ではないだろうか。
近江と佐賀美は、短足の円卓と座布団の敷かれた居間に招かれた。山門が部屋を出ていき、佐賀美は居間を見渡した。部屋の隅に段ボールが三つほど置かれており、中から複雑な機器とコードが覗いている。こうした光景を見ると、ここが研究者の家なのだと実感する。
しばらくして、山門が三人分のお茶を運んできた。窓側に佐賀美と近江が並び、二人の正面に山門が腰を下ろした。
「教授は、たまにこの茶葉を送ってくれるんだ」
近江は佐賀美の表情を見透かしたように言った。
「静岡にいる時、学校で出した茶をえらく気に入ってな」
今までこわばった顔だった山門が、初めて笑顔のような表情を見せたので、少し空気が和らいだ。気難しそうな山門と気楽な雰囲気の近江は相性が良くないのではないかと思ったが、そんなことはないらしい。二人は、気心の知れた友人のように、しばし雑談に華を咲かせていた。
しかし、しばらく話しているうちに山門の表情は無表情に戻っていった。最初に目を合わせた時のような、負の感情さえ感じさせない、凍ったような表情だ。これが彼のデフォルトなのだろう。本題に移ろうかというように、彼は声のトーンを落とした。
「何が起こったのか、詳しく聞かないといけないな」
山門はそう言って、正座していた足を崩した。近江も胡坐をかき、事の発端と、これまでの経緯を語った。大まかな話の流れを近江が担当し、細かい部分を佐賀美が補足した。
「私たちも状況を整理できていないんですよ。明らかに、あれはロボットの動きじゃなかった。まるで、人間の動きがそのままトレースされているような」
佐賀美は率直な感想を述べた。彼女もロボットの部品を製造する会社に勤めているため、最先端のロボットがどれだけの性能を持つのかはある程度把握している。
山門は、アーバンメカトロニクスの工場で発生した怪事件やそれを受けて佐賀美が調査を始めたところまでは興味深げに耳を傾けていたが、例のロボットのくだりで、何かを危惧するような表情を浮かべた。
「そうか」
数秒間の沈黙を経て、山門は口を動かした。
「恐れていたことが、起こったかもしれない」
「何か知ってるんですね」
佐賀美は思わず食い気味に尋ねた。インタフェースを分解してもらう予定だったが、それ以前に重要な手がかりを握っているかもしれない。
「教授は、例のロボットとインタフェースには何らかの繋がりがあると考えているのですね」
近江が静かに質問を重ねると、山門は無言で一度頷いた。聞きたいことは山ほどあったが、これ以上質問を重ねるのは野暮だと思い、再び山門が口を開くのを待った。数秒間の沈黙が続いた。
「私がインタフェースを開発したチームに加わっていたことは君たちも知っていると思う」
「ええ。」佐賀美はすぐさま答えた。
「存じています」
「私の推論から言うと、君の会社で起こった事件と君たちを襲ったロボットには、その両方にインタフェースが関わっている可能性がある」
やはりそうか。佐賀美は心の中で応じた。不思議と悔しさはこみ上げない。今まではインタフェースを擁護するために動いてきたのだが、すでにその点には興味がなかった。自分たちの命が狙われたという事実は、この事件に何者かの思惑があり、泉森達の命も危ういという可能性を示している。今は一刻も早く真相を突き止めるべきだ。
「今のインタフェースの普及率を見ればわかると思うが、あれは大規模なプロジェクトで、投入された予算も尋常ではなかった。全国から様々な分野の専門家が集められていた」
山門は過去を追憶するように言った。重要なプロジェクトにも関わらず十分な時間が与えられなかったため、当時の研究所は戦々恐々としていた。皆、休日も関係なく実験を続けた。家に帰らずに徹夜する職員もいた。あの時はそれが普通だと思っていたが、今思えば自分達の精神は常軌を逸していた。そのせいか、あの不具合も黙殺されてしまった。
「我々の研究は急ピッチで進められた。全員が成果を上げようと躍起になった。倫理的にグレーな事もしたよ。だが、そのおかげもあってかインタフェースは驚くべき速度で完成した。数万分の一回の確率で、不可解な誤作動が発生することを野放しにしてね」
「どんな誤作動だったんです?」
近江が聞いた。
山門が、近江にさえ秘匿していた事実があることからは、のっぴきならない事情が察せられた。
「誰もが知っているように、インタフェースはインターネットから必要な情報をダウンロードして、脳にインプットするものだ。だが、記憶できるのはあくまで人間がコンピュータに打ち込んだデータだけで、意思や記憶を直接他人に送り込むことはできない」
山門が語る事柄は、二人とも身に染みるほど理解しているつもりだった。インタフェースは、あくまで単純な情報を脳に送り込む装置であり、体の動かし方といった複雑な情報は得ることはできない。ましてや他人の思考を読むことは不可能だ。
しかし、改めてその事実を咀嚼してみると、妙な疑問が生まれる。インタフェースで共有できない複雑な情報とは、どれだけ複雑なものを指すのだろうか。そこには明確な線引きが存在しないし、それを試そうと思ったこともなかった。二人の微妙な表情に畳みかけるように、山門は話を進める。話しているほうも緊張しているらしく、白髪交じりの髪の下でこめかみが強張っていた。
「だが、サルで動物実験を行っていた時だった。いつも通り、どの箱にエサがあるかという情報を、蓋を開ける前にサルの脳に送り、エサの入っている箱を当てさせる実験を行った。実験自体は問題なく行なわれていたのだが、終了後、そのサルに当てていたインタフェースを解析していると、送った覚えのないデータが見つかった。それは、動画の形式に置き換えることができた」
話しているうちに、山門の目元が恐怖に似た感情で見開いていくのが見えた。彼は数年前の記憶に根源的な恐れを抱いているようだった。その感情とは裏腹に、長身の壮年の男が目を見開いている様子は、マッドサイエンティストめいてさえいる。
「その動画を再生したとき、私は目を疑ったよ。それは実験に使ったサルの“視界”を映し出した映像だった。むろん、サルにはカメラなど取り付けていないし、サルのまつ毛が画面上に映りこんでいたから、サルがその目で見た光景が、そのまま映像にデータとして記録されていたということになる」
山門の語る事実とともに、二人にも彼の恐怖がじわじわと伝染していった。彼らは人類が経験したことのない発明をしてしまった。同時に、それを隠し通さなければならないと感じるほど、恐れを抱いた。
「信じられない。サルの“記憶”がデータ化したのですか?」
「ああ。インタフェースの発明が数倍に薄まるような発見をしてしまった。我々はその現象が人間に起きた時、何が起こるのかを予見し、その未来に慄いた。広い視野で考えてみてほしい。そのサルの記憶の動画は十秒にも満たなかったが、人間の膨大な人生の記憶がデータ化されたら?それを他人の脳に流し込んだら?」
人間の記憶でもデータ化さえされてしまえば、それは単純な情報に過ぎない。単純な情報はインタフェースによって他人の脳に送り込むことができる。
「他人の記憶を丸々譲り受ければ、その人は二人分の知恵を手に入れることになる。二人分の知恵を手に入れた人の記憶を丸々譲り受ければ、三人分の知恵を手にいれたことになる」
「三人分の記憶同士を交換すれば六人分、六人分同士で十二人分だ」
そんなことが現実に起こり得るのだろうか。と佐賀美は思う。しかし、絶対に不可能とは考え難い。江戸時代の飛脚が電話の発明を想像できただろうか。電話交換手がスマートフォンやSNSの普及を予見できただろうか。できたはずがない。なら、近い未来、機械さえ経由せず情報を共有できるようになる可能性は、確かにある。
「そうだ。そこまでの知識をため込んだ人間が一体どうなってしまうのか、私には想像もつかない。しかも、予想される活用法はそれだけではない」
「人間の記憶が、人格の形成や保存をつかさどっているとすれば、いずれか、人格そのものさえデータ化できる可能性もあります」
近江は好奇心と恐れの混じった表情で言った。記憶の共有は、技術的特異点(シンギュラリティ)であり、すべての始まりに過ぎない。未来は無限に広がっていく。人格がデジタル化されることで完全なメタバースが完成する。人間は、生きたまま肉体の檻から解放される。
それは多くの人間がSF作品から想起する未来図そのものだ。しかし、それを手放しで喜べるかというと、そうではない。
「我々はサルの実験から、限りない技術革新の扉を開いてしまったのではないかと思った。そして、それは間違いなくパンドラの箱でもある。誰にも扱い切れないような技術を悪用された時、何が起こるのか私には見当もつかない」
「だから、インタフェースの解析には資格が必要としたのですね」
「私も、それが十分な策だとは思わなんだ。だが、インタフェースの製品化を止められる者はいなかった。あれが世界中に出回ってからというもの、私は毎晩、ある不安にうなされるようになった。もし仮に、誰かが今もあの実験の続きをしているとしたら。人格の完全なデータ化とまではいかなくとも、自分の身体の情報を機械に書き込んでいたら」
佐賀美はここで初めて山門の意図を理解した。自分たちを襲った、不気味なほどしなやかに動くロボットとインタフェースの話が、ケーブル同士を接続するように、きっちりと繋がった。確信に満ちた表情で、山門の言葉に付け足した。
「ロボットと神経接続して、自分の手足のように動かすことも容易ですよね」
あのロボットは、遠隔操作で操られるアバターのようなものだったのではないか?インタフェースを応用して脳から送られる電気信号をデータに置換してしまえば、あの動きも可能だと思える。
「そうだ。犯人が仮に記憶の共有を実現していなかったとしても、その段階にたどり着いている可能性は極めて高い。そして実際に君たちは、人間のように動くロボットに遭遇している」
頭の中を電気が飛び回った。
全てではないが、パズルのピースが埋まりつつある。あのロボットは、インタフェースの技術を応用して動かされている。そして、それを開発した者は、何らかの理由で自分たちの命を狙っている。
「じゃあ仮にその“記憶のデータ化”の研究が続けられ、それをやっている人があのロボットを作ったとして、彼らの目的は何なのでしょう。まさか、自作ロボットを格好よく動かしたいからやっている。なんてことはないでしょう」
「それは考えにくい。なんなら、君たちを襲う動機がない」
ロボットはあくまで手段の一つでしかないように思われた。佐賀美と山門が押し黙っていると、しばらく発言していなかった近江が意見を出した。
「犯人たちの目的が単純な欲望に任せたものだとすれば、他人の記憶を盗み取ることだと思います。より多くの人間の記憶を手に入れることで、集団がどのように動くのかを割り出すことができる。集団の動きが予測できれば、ある程度の未来さえ予測できる。未来が予想できれば、彼らはあらゆる競争、あるいはギャンブルを制し、やがて政治まで掌握するでしょう」
突拍子もない話だが、今や冗談で済ますことは出来ない。真相に近づく佐賀美や近江を抹殺するために、副産物たるロボットを送り込んだというシナリオは、容易に想像できてしまう。こうなると、残る疑問は一つ、昏倒事件との関連性だ。
「泉森達を昏睡状態に陥れたのも、彼らなんでしょうか?」
佐賀美は山門に尋ねたが、返答したのは近江だった。彼は、この問題についてもすでに何かしらの仮説を立てているようだった。
「佐賀美、君の会社では、ロボットの記憶媒体を集合させた部品を作っているんだろう」
佐賀美の脳に一つのイメージが浮かび上がる。人工知能の成長をつかさどるコンピュータの記憶媒体、すなわちコアユニットと、人間の記憶媒体、すなわち頭脳。彼女の中でその二つがまるで、機械に近づいていく人間と、人間に近づいていく機械がぴったりと重なり合ったように交差する。
「そうか」彼女は答えに近いものを得ていた。
「何か分かったのかね」
山門が首をかしげていたので、佐賀美は今一度昏倒事件の詳細を説明した。そして、今現在、一番有力な仮説を立てた。
「犯人は、九人のインタフェースに直接ハッキングをかけたのではなく、記憶媒体であるコアユニットを経由したんです」
きのう近江が言っていたように、原因は事件当日のコアユニットにあったのだ。
「つまり、君の同僚たちはコアユニットに仕組まれていたウィルスによって、インタフェースを経由して記憶をコピーされ、そのショックで昏倒したというわけか」
「インタフェース側に痕跡が残っていなかったのは、すべてのデータがコアユニットに移動していたためです。犯人は、そのコアユニットを回収して九人分の記憶を盗み取ろうとしているのでは?」
山門は再び目を見開き、確認するように言い換える。
「コピー&ペーストではなく、カット&ペーストである。と」
「すべて仮説にすぎませんが、個人が個人であるための情報、すなわち記憶や人格がすべて奪われた状態は、いわばソフトウェアを抜き取られたハードウェアと同じです。こうなってしまうと、人は昏睡状態に陥るのではないでしょうか?」
堰を切ったように語る佐賀美の目には、徐々に怒りの色が宿っていく。
これは実験段階に過ぎない。犯人は無作為に抽出した九人で記憶のコピー実験を行い、その結果、泉森達は昏睡状態に陥った。犯人が自分たちの間でやるならまだしも、自分の友人がモルモットにされ、プライベートが侵されているかもしれないと思うと、内奥から込み上げる負の感情が抑えられなくなる。人の記憶は当人だけのものだ。共有資産ではないし、奪われていいはずがない。
「ちょうど良かった」
佐賀美は、その仮説に対する意見を聞く前に、話を進めた。
「明日、事件当日に製造されたコアユニットを引き取りに行くんです。それを解析して、九人の記憶に関するデータが見つかれば、事件性の有無は明らかになる」
コアユニットがこの仮説を立証するだろう。そうすれば、今まで耳を傾けなかった警察も動くはずだ。
「君が怒る気持ちもわかるが、その仮説が正しければ、この事件は危険すぎる。君たちは殺されかけたんだ。今すぐ警察に連絡して、しばらく身を隠しておいたほうがいい」
山門がなだめるように言った。
「ですが、いまや、警察も完全に信用できるとは思えません」
佐賀美が反論しようとしたとき、近江が先に発言した。
「それに、この仮説が正しければ、9人はただの昏睡状態ではなく、死の危険が迫っている状態です。明日には手遅れになるかもしれない」
彼が佐賀美の肩を持ったのは意外だった。彼も佐賀美を信用し始めたのかもしれない。今警察に通報すれば、すぐに二人の身柄は保護されるだろう。しかし、それでは身動きが取れなくなる可能性がある。彼らがロボットの件と昏倒事件を結び付けた仮説を信用するかも怪しい。
「では、こうしよう」
近江の言葉には動揺せず、山門は折衷案を出した。
「明日、佐賀美さんが山城重工に到着したタイミングで近江が警察に通報するんだ。そうすれば、君たちは犯人と警察よりも先にコアユニットを回収できる」
山門の提案に、二人は顔を見合わせ、同時に頷いた。警察には疑われるだろうが、その時はあるがままの事実を話すしかない。
「わかりました」
「それで行きましょう」
目まぐるしい速度で様々な仮説が組み立てられ、続けざまに今後の行動が計画されたためか、話し合いだけで肩が凝ってしまった。三人とも肩の力を抜き、ため息のように短い息を吐いた。あまりに現実感のないSFめいた会議を展開していたせいか、畳の和室がスパイの作戦司令室のような雰囲気に変わっていたが、その妄想は溶け、辺りは静かな家の和室に戻った。
「二人とも、今夜はここに泊まるといい」
山門はあぐらから立ち上がった。もともと、適当なホテルを見つける予定だったが、こんな事態に巻き込まれるとは露にも思っていなかった。
二人は礼を言った。この状況では、好意に甘えるほかない。