青春カッター

　あの元首相が死んだ。暗殺だったらしい。
　馬鹿な高校生でも、ヤバいって思った。期末テスト終わりの帰り道は、高い位置から見下ろしてくる太陽のせいで、アスファルトをお好み焼きの鉄板みたいに熱々にしてくる。でも私達がこれから打ち上げをしに行くのは焼肉だ。食べ放題。ジュースの飲み放題付き。ついでに、時間制限付き。
　でも今日だけは、政治のせの字も知らない私達でさえ、立ち止まってスマホを見た。おバカなことしか流れてこないタイムラインも、流石に今は暗殺のことが沢山出てくる。まだギリ生きてるとか、やったのは銃とか、犯人捕まえたのはオッサンとか。いや、流石にこれは嘘でしょ。


　そこに、カマキリが現れた。


　鉄板の上、ど真ん中で刃を構えている。黒いアスファルトの上では目立つその緑の体で、私達に威嚇までしてきた。
　全員、カマキリに駆け寄った。必死の救助活動だ。車通りも多いこの道では、私達が彼を見捨てたら車に轢かれて死んでしまうかもしれない。勇敢な彼でも、生きる場所を間違えたらあっさり死んじゃうんだ。木の枝でカマキリの救助を行う友達は、元首相暗殺のニュースを見ている時よりもよっぽど真剣だった。
　日本、まだ平気かも。
　元首相のことなんかすっかり忘れていそうな友人達の背中を見ながら、私はぼんやり思った。ヤバいのはヤバいでも、私らがカマキリのことに夢中になれる間くらいは、この国はまだ平和なんだと思う。よく分かんないけど、そんな気がする。
　青春バンザイ！ 花壇に移されたカマキリも一緒になって、この蒸し暑い日に両手を挙げた。私の青春、多分今が最高潮。

　この時真っ先にカマキリに駆け寄った友達は、今じゃデザ科で頑張ってるよ。