寄生生物として生を受けてから数年、私はかつてない窮地に立たされている。
某日、私は寄生生物のセオリーに則り換気扇からとあるアパートの一室へ侵入、いかにも「人畜無害そう」な成人男性の脳を支配した。
我々の目的は人類に気付かれない様に人類を間引くこと。大自然の新陳代謝のようなものだ。
身体の制御を掌握してから、私は上手く社会に擬態するためこの男の情報を探ることにした。寄生生物の存在が明らかになれば、人類は私達を駆除するからだ。
手がかりを求めて部屋を捜索していると、とある疑問が芽生えた。この部屋、異常なまでに何もない。唯一手元にあった携帯電話の中には髪の長い女性の大量の写真と、連絡先が一件だけ登録されていた。ここでふと、嫌な予感が脳裏を掠めた。
自分が寄生したのは、尋常な人物でない可能性が高い。
これまで何度か人間に寄生してきたが、今回の部屋は質素な生活と言うには、あまりにも物が少ないのだ。いつもと違う寄生状況に、早速後悔が滲んで来る。
それにこの部屋、窓がない。
顔の制御が上手く行かず表情には出ないが、額には汗が浮かんでいた。
ここはまるで、部屋などではなく……。
ガチャ。
ドアが開き、その奥からは黒と紫を基調とした服装の女性が、ビニール袋を持って入って来た。
「たー君、夕食持ってきたよっ」
彼女は弾んだ声でレジ袋の中身を広げて、床に並べ始める。どうやらカレーのようだ。
彼女に給仕させるのも不自然だと思い、しゃがんで手伝う素振りを見せるが、彼女の顔が近くなった。彼女は私の顔をまじまじと見つめてくる。私は訝しまれていないかと唾を呑んだ。そうだ、夕飯の礼を言わないと。私が口の中で「ありがとう」を準備していると。
「……あなた、だれ?」
次の瞬間、咄嗟に彼女から飛び退いた。
いつ? どのタイミングで?
困惑している私を見て、彼女は猟奇的と呼ぶに相応しい笑みを浮かべる。
「いつもより違うのよ。瞬きの感覚が、広い」
思わず顔を押さえかける。しまった、今のは完全に認めたようなものじゃないか。
「あなた、だれ? よく分からないけど、たーくんじゃないよねぇ?」
その殺気に思わず気取られてしまう。
まずい、完全に寄生する人間を間違えた。このままでは駆除されてしまう。
「たーくんはまだそこにいるの? 待っててね、今助けてあげるから」
彼女はどこから取り出したのか、手に包丁を握り、こちらへ向けて構えた。
こうなったらもう、戦うしかない。手元の携帯をグッと握った。
「あははははは、そんなんで刃物に勝てないでしょ! 早くたーくんを返して!」
彼女が飛び掛かってくる。
私はそれに合わせて、寄生したばかりの身体を——捨てた。
「……よくそんな人間の身体を奪おうと思ったな」
私の同種は表情を変えぬまま、この喫茶店名物の珈琲を啜った。黒と紫を基調とした服に身を包んだ私は、彼に倣って静かに珈琲を呷る。
「同感だ。でも、おかげで人間を間引くのに良い部屋が見つかったんだ」
某日、私は寄生生物のセオリーに則り換気扇からとあるアパートの一室へ侵入、いかにも「人畜無害そう」な成人男性の脳を支配した。
我々の目的は人類に気付かれない様に人類を間引くこと。大自然の新陳代謝のようなものだ。
身体の制御を掌握してから、私は上手く社会に擬態するためこの男の情報を探ることにした。寄生生物の存在が明らかになれば、人類は私達を駆除するからだ。
手がかりを求めて部屋を捜索していると、とある疑問が芽生えた。この部屋、異常なまでに何もない。唯一手元にあった携帯電話の中には髪の長い女性の大量の写真と、連絡先が一件だけ登録されていた。ここでふと、嫌な予感が脳裏を掠めた。
自分が寄生したのは、尋常な人物でない可能性が高い。
これまで何度か人間に寄生してきたが、今回の部屋は質素な生活と言うには、あまりにも物が少ないのだ。いつもと違う寄生状況に、早速後悔が滲んで来る。
それにこの部屋、窓がない。
顔の制御が上手く行かず表情には出ないが、額には汗が浮かんでいた。
ここはまるで、部屋などではなく……。
ガチャ。
ドアが開き、その奥からは黒と紫を基調とした服装の女性が、ビニール袋を持って入って来た。
「たー君、夕食持ってきたよっ」
彼女は弾んだ声でレジ袋の中身を広げて、床に並べ始める。どうやらカレーのようだ。
彼女に給仕させるのも不自然だと思い、しゃがんで手伝う素振りを見せるが、彼女の顔が近くなった。彼女は私の顔をまじまじと見つめてくる。私は訝しまれていないかと唾を呑んだ。そうだ、夕飯の礼を言わないと。私が口の中で「ありがとう」を準備していると。
「……あなた、だれ?」
次の瞬間、咄嗟に彼女から飛び退いた。
いつ? どのタイミングで?
困惑している私を見て、彼女は猟奇的と呼ぶに相応しい笑みを浮かべる。
「いつもより違うのよ。瞬きの感覚が、広い」
思わず顔を押さえかける。しまった、今のは完全に認めたようなものじゃないか。
「あなた、だれ? よく分からないけど、たーくんじゃないよねぇ?」
その殺気に思わず気取られてしまう。
まずい、完全に寄生する人間を間違えた。このままでは駆除されてしまう。
「たーくんはまだそこにいるの? 待っててね、今助けてあげるから」
彼女はどこから取り出したのか、手に包丁を握り、こちらへ向けて構えた。
こうなったらもう、戦うしかない。手元の携帯をグッと握った。
「あははははは、そんなんで刃物に勝てないでしょ! 早くたーくんを返して!」
彼女が飛び掛かってくる。
私はそれに合わせて、寄生したばかりの身体を——捨てた。
「……よくそんな人間の身体を奪おうと思ったな」
私の同種は表情を変えぬまま、この喫茶店名物の珈琲を啜った。黒と紫を基調とした服に身を包んだ私は、彼に倣って静かに珈琲を呷る。
「同感だ。でも、おかげで人間を間引くのに良い部屋が見つかったんだ」
個人的にはもっと長くして書いて欲しいなとは思う。