zorozoro - 文芸寄港

いぬのおまわりさん

2024/04/28 23:42:46
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 おうちをきいても「わからない」
 なまえをきいても「わからない」
 おまわりさんは困ってしまった。きっとこの子は迷子になって、すこし頭が混乱してしまっているのだと思った。泣き止んでもらおうにも、自分ひとりではどうにもダメだった。
 ほろりほろりと涙が落ちて、アスファルトに溶けていく。その子の靴にも二粒落ちて、そこでようやく、おまわりさんはそれが光る靴だとわかった。このあいだ、ネットで同じものを見たような気がする。この子は五歳か六歳あたりだろうか。まだ小学校にも通っていなさそうだった。
 おまわりさんは、その子をよく観察した。
 光る靴から伸びた足には、プリキュア(今放送中の、ひとつ前のものだ)がプリントされた絆創膏が貼ってある。フリルのスカートはデニム素材で、端のほうがすこし汚れている。大きめの黄色いセーターは、誰かのおさがりだろうか。
 毎日見ているような、子供服。それが今の流行りであることを知っている。
 おまわりさんは困ってしまった。泣き出してしまいたいのはこっちだった。
 こねこのように泣いている、その肩で切りそろえられた細い髪が揺れる。真っ赤になって濡れた頬と、瞳が、こっちを見て────
「いた!」
 焦ったような声が耳をつらぬいて、おまわりさんは立ち上がった。伸ばしかけた腕を引っ込めて、ギュウと拳を握る。女が駆け寄ってきて、泣いているその子の手を取った。どうやら母親が探しに来たようだった。その子は途端に泣き止んで、母親もぺこぺこと頭を下げながら去っていく。小さくなっていく姿を見つめながら、もう、はやく、死んでしまおうと思った。
 もう、もう、ダメだ。自分は、どこまでいっても獣だ。理性も倫理も道徳もない、ただの犬畜生だ。むごたらしく死ぬのがお似合いだ。
 なまえもおうちも、わからなくてよかった。わかるほうが、本当はよかったのだけど、それでもきっと、自分はわからなくてよかった。かわいいこねこのすべてを知るべきではない。自分はどこか山奥で、首に爆弾でも括りつけて、いつはじけるかもわからないそれに怯えながらひとりで生きていくほうがいいのだ。
 おまわりさんは、困り果ててしまった。それでもなお、あの純真無垢なかたまりに、せめて無邪気なまま殺されたいと。そうして自分の首がはじけ飛ぶ瞬間に見るのが、きみのような、天使のような笑顔なら。
 こんなどうしようもない病気にも、愛という名はつくらしいと。
なにかの課題で書いたSSです。
鮭いくら
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コメント



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1.70べに削除
短い中によく比喩とオマージュを詰め込んだなあと思います。
2.70鬼氏削除
良いSS。
3.80v狐々削除
気持ちが悪い中にも、同情できるような仕掛けがあって良かった
4.80ネ廃削除
困り果てたおまわりさんの心情描写がよかったです。短いのに満足感がすごい