zorozoro - 文芸寄港

鉄の天使

2024/07/15 22:51:20
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 また乾いた風が通り過ぎていった。
 瓦礫と崩れかけの家ばかりの街を縦断するまっすぐな大通りを、僕は一人のそのそと歩いていた。僕の足音と、背中のかごに入った鉄くずと、腰につけた工具が立てている規則的な金属音以外は何も聞こえない。多分この街にはもう僕一人しかいないのだろう。
 足を動かすたび、かごの中のバールが背中をぶすり、ぶすりと刺してくる。後ろから槍で突っつかれてるみたいだ。学校の訓練で先生に怒られた時のことを思い出す。
『お前! だらしないぞ! 戦う覚悟が足りん!』
 とか言って、持ってた槍で刺してきたあのハゲの教師。今になってもむかむかしてくる。
 まぁ、もう全部無くなってしまったけど。
 色褪せて剥がれかけた雑巾みたいな紙が通り沿いの塀に貼ってある。ミサイルや戦闘機が飛ぶ空の下で手を高く掲げる兵士さん達、そして『共に祖国を守ろう!』の文字。 
 そういえば僕はもう志願できる歳になったんだっけ。兵士になったら今よりずっと多くお金が貰える。ずっといい暮らしができる。
 ……でも、祖国に命を捧げるほどの勇気も、代わりにお金を貰える家族も、僕は持っていない。力仕事はてんでダメ、工場のレーンでは焦ってミスばかり。 結局そんな僕に残された仕事は鉄拾いしかなかった。敵一人いない街でのうのうと他人の家から鉄くずを盗んで売る仕事。平時なら立派な犯罪だ。
『鉄拾い! この臆病者が!』
 前に誰かに言われた言葉が頭の中でこだまする。勇敢な兵士さん達は戦場で命を顧みずに一生懸命戦っているのに、僕は未だ何にも出来やしないクズのままだ。このビビリ。バカ。ゴミ。
 意識を紛らわせようと辺りを見回す。歩道に何か細長い物が転がっている。
 アンドロイドの腕だ。回収のときに落ちたものだろうか。見ていてあまり気持ちの良いものじゃないけど、人間と違って赤黒い血やコンビーフみたいな何かがこびりついてなくてきれいだから、まだマシ。
 腕をかごに投げ入れて顔を上げると、回収屋のトラックが喧しい音を立ててやってくるのが見えた。急いで集合場所の広場へ向かう。
 トラックはあちこちが錆びたり凹んだりして、相変わらず走って大丈夫なのかと思うような見た目だけど、荷台には鉄骨やら鋼板やら、なんだかよく分からない部品やらが積み上げられていた。それに埋もれるようにして、潰れた車の抜け殻が顔を覗かせている。
 ほー、これは珍しい、と荷台の前で立ち止まると、ガタガタと音を立ててドアが開き、立派な顎髭を生やした回収屋が姿を現した。
「よぉ、鉄拾い君。元気そうで何よりだ」
「おかげさまで。大物が獲れたみたいだね」
 回収屋は自慢げに鼻を膨らませて、
「すごいだろ。西の街の鉄拾いが見つけてきたんだ。あそこはもうだいぶ取り尽くされちまったけど、まだこんなのが残ってたのかって、そりゃあびっくりしたぜ」
 車を見るのは久しぶりだったので、荷台にぐっと寄って隙間からじっくり眺めた。ライトケースは完全な状態だし、窓ガラスもわずかにだけど残っている。かなり状態がいい。確かに大物だ。
 後ろからの視線を感じ、あぁそうだ、と目的を思い出して、
「あんまり獲れてないけど、とりあえず見てくださいな」
 背中のかごを下ろした。途端に飛べそうなほど体が軽くなった。バールが刺していたところはまだズキズキと痛む。
 回収屋は、かごから色々出したりしまったりした後、唸った。
「こんだけかぁ。この辺も少なくなったなぁ」
「くまなく探してみたんだけど、これくらいしか無くてね……」
「うーん。最近政府の回収ノルマが上がってな……このままだと足りないかもしれん」
「え、またかい。ついこないだも上がったばっかりじゃないか」
「ほんと、無茶な話だよ。資源は無くなる一方なのに量を増やせって、少しはこっちのことも考えろってんだ」
 回収屋はそう言いながら、ボルトをかごに投げ入れた。ガシャーン、と大きな音が鳴った。
「まぁ、ここで言ってもしょうがないよな。……えーっと、そうだ、報酬だな」
 と言うと、髭を触りながらかごの中をしげしげと見つめた。
「正直言うと銅十枚ってとこだ」
 銅十枚。食事の回数を少し減らせば凌げるか。
「だが」
 回収屋が僕を見上げて微笑む。
「俺と君の付き合いだし、今日は大物も取れたんだ。銀二枚にしよう」
「えっ、こんなので銀なんかもらっていいのかい。それも二枚も」
「いいんだいいんだ、どうせ使い道もねぇしな」
 回収屋は大きく口を開けて笑った。どこか悲しいような、虚しいような声。
「それに君はまだ若い。まだまだ生きてもらわねぇと」
 そう言うと、彼はドアを開けて、運転席に入っていった。出てきた彼の手には銀貨が二枚握られていた。
「わぁ、銀だ。すごい……ありがとう!」
 回収屋は照れくさそうに笑うと、あんなに重かったかごをひょいっと軽そうに持ち上げて、荷台に中身を放り出した。閃光のような金属音が飛び出していく。だんだん音は小さくなって、ネジが転がる音を最後に再び街は静寂に包まれた。
「昔みたいに、鉄のなんとかってやつがいればなぁ」
 回収屋に返されたかごを背負う。今度は軽すぎて拍子抜けした。
「鉄の天使、だったっけ。カッコイイ翼で空を飛ぶ人型兵器」
「そうそうそれだよ。前は撃墜されて落ちてきたやつがそこらじゅうで獲れて、部品も高かったから毎日金をわんさか貰えてさ」
「金! 良い時代だったんだね、今じゃ想像もつかないよ」
「いつからかめっきり見なくなったけど、もう造るのはやめたのかなぁ」
 回収屋はゆっくり息を吐きながらしばらく遠くを見つめてから、それじゃ、と言って、トラックに乗り込んだ。
「次来る時まで生きてろよ。またこんど!」
「はーい、そっちもね」
 トラックは猛獣が吠える声のようなエンジン音を立てて、大通りの穴や瓦礫で揺れたり跳ねたりしながら東の街へと向かっていった。広場には荷台から落ちた釘やボルトが寂しそうに転がっていた。
 僕は手の中の銀をじっと見つめたり握りしめたりしながら、喜びをかみしめていた。銀なんて本当に久しぶりだ。市場ではいつも一番安い豆とベーコンの欠片が入ったスープしか買えないけど、これだけあれば甘い香りのするふっくらしたパンとか、ちゃんとした缶詰とかをたくさん買えるほどの余裕はある。食堂街に行くのもいいかもしれない。いつも嫌そうな顔をしてスープが入ったお椀を投げつけてくる屋台の店員の目をまん丸に開かせてやる。
 なんだか気分が良くなってきた。かごに何も入ってないのもあって、小さくスキップするくらいの軽やかな足取りで大通りを歩いた。

 その勢いでちょっと足を伸ばして、街の北のあたりを探してみることにした。
 かつて教会だったという、上半分が無くなった塔を過ぎて、何か落ちていないか道の隅々に目を光らせながらゆっくり歩いていると、ガシャリ、と金属音がした。通りから一本入った路地の方だ。音の大きさからしておそらく大物。
 僕は走り出して、曲がり角でばっと路地の方を向いた。
 狭い道の両側で家々のブロック塀がひしめき合っている。その先の曲がり角の崩れた塀の前で、クリーム色の髪をしたアンドロイドが座り込んでいた。みたところ、頭のアンテナが折れている以外に目立った欠損はない。やっぱり大物だ! 僕は息を飲んで、また全力で走った。僕を迎えるかのように、アンドロイドの周りで色々な部品がゆらゆらと揺れている。
 ……え?
 足が止まった。
 アンドロイドの背中からは、翼――の骨みたいなものが生えていた。
 太い菅に雑多な部品がくくりつけられて吊り下がっている。右側の翼は折りたたまれ、左側は途中で折れてだらりと垂れ下がって、地面にいくつか外れた部品が落ちていた。翼はいたるところが折れ曲がり、歪み、錆びついていて、なんとか形を保っているようだった。
 その姿はまるで、翼が折れて落ちてきた鳥……いや、天使みたいだ。
 もしかしてこれは、鉄の天使なんじゃないか。昔見たポスターの絵より随分みすぼらしいけど、特徴は合っている。
 僕は打ち震えた。回収屋の言っていた高価な部品はなさそうだけど、アンドロイド丸ごと一体と部品多数ならすごく大きな収穫だ。おまけなしで銀を、もしかしたら金も狙えるかもしれない。金! 金なんか貰っちゃったらどうしよう。食堂街で贅沢ざんまいして、でっかいふかふかのベッドで寝て……。
「へへ、へへへ」
 思わず笑いがこみ上げてきた。夢のようだ。すごく下品な顔をしてるんだろうな、今。歩きながら天使の方へ震える手を伸ばす。
 その時、天使は顔を上げて、僕と目が合った。
 柔らかな輪郭。透き通ったエメラルドの瞳。人形みたいな白い肌。兵器に年齢はないけど、顔つきからして僕とそう変わらないくらいだろうか。綺麗で愛らしい見た目だと思う一方、その瞳の奥に潜む無機質な冷たさが怖くて、僕は二、三歩後ずさりした。
 天使は目を見開いて、しばらくじっと僕を見つめた後、
「煮るなり焼くなり好きにしろ」
 そう言って、諦めたように力なくうなだれて目を瞑った。
 よく見れば、体のあちこちに銃痕がついている。なめらかな体表が月のクレーターのようにぼこぼこと凹んでいた。
「……痛そう」
 アンドロイドには機体の危険を知らせるために痛みの信号を出す回路が組み込まれていたはずだ。これだけ傷が付いていれば修理技師がすっ飛んでくると思うけど、技師どころか、この街には誰もいない。
「回路をいじられてるから痛みは感じないよ」
 天使が呟いた。痛みを感じないのは良いことか悪いことか分からなかった。ただ、体には確かに傷が刻まれていた。
「どうして、ここにいるの」
 僕が聞くと、天使はうつむいたまま、
「……さっきまで笑いあってた仲間が心臓をえぐるような声をあげながら堕ちていくんだ。それを見たら視界が急に歪み始めて、自分の体が制御できなくなって……途中で逃げ出してきてしまった」
 天使は髪を手でぐしゃぐしゃやった。肩が小刻みに震えている。
「まだ銃弾が耳元を掠める音が聞こえるんだ。演習ではこんなことなかったのに」
 涙は流れていないけど、泣いているような震える声だった。
「……怖い、んだね」
 目の前にいるのは、翼を翻して敵を蹂躙するカッコイイ兵器なんかじゃない。あまりに弱く、ちっぽけで、孤独な生き物なのだ、と僕は思った。部品をむしり取ろうとする欲求はいつの間にか消えていた。
 僕は震える肩――思ったより細くて、鉄なのに力を入れれば壊れてしまいそうな肩――に手を置いて、
「大丈夫。ここにはもう敵はいないよ」
 と言った。しばらくそうしていると震えはだんだん小さくなっていった。
「もう戦いたくない。戦いたくないよ……」
 蹲りながら無い涙を流す天使は、怯える一人の少年のようだった。

「僕に何かできることはあるかい? あんまりないけど」
 天使が落ち着くのを待って聞いた。
 天使は顔を上げて、肩に置かれた僕の手をそっと握ると、
「翼を直してくれないかな。最後くらい、自由に飛びたい」
 と言った。
「分かった。やってみるよ」
 回収屋は元機械技師だったので、修理のやり方は軽く教えてもらっていた。僕は立ち上がって工具を取り出し、左の翼に外れた部品を取り付けたり、ネジを締めたり、曲がっているところを慎重に戻したりして、翼を直していった。足りない部品は他の部分から少し取った。
 試行錯誤しているうちに、天使の翼はだいぶしっかりしてきた。
「君は僕を殺さないのかい?」
 最後のネジを締めながら、ふと天使に聞いた。
「君は殺すべき人ではない、から……。逆に、なぜ君は私を殺さないの?」
 僕はしばらく手を止めて、
「鉄拾いは臆病者の仕事だからね、人は殺さないよ」
 そう言って、ネジをぎゅっと締めきった。
「ふーっ。出来たよ」
 僕が離れると、天使は直したての翼をゆっくり前後に羽ばたかせた。若干ぎしぎし音は鳴るけど、動作は問題ないみたいだ。
「うん、これで飛べるよ。ありがとう」
 天使はそう言って笑った。感謝されたのはいつぶりだろうか。聞きなれない言葉に感情が混乱する。とりあえず、同じように微笑んでみせた。
 飛ぶにはもう少し広い場所が必要だ、というので、広場に行くことにした。天使はぎこちなく立ち上がると、翼をたたんで子鹿のようにゆっくり歩き出した。不安になったので僕は背中に手を回して支えながら一緒に歩いた。
 教会跡をまた過ぎて広場に着くと、天使はまた不安な足取りで真ん中まで歩いて、立ちどまった。
「本当にありがとう。返すものもないけど……この恩は忘れないよ」
「いいんだ、君が飛べるようになってよかった」
 僕は手を軽く挙げて、ちょっとカッコつけて言った。
 天使が翼をめいっぱい広げる。それはさながら大きな鷹のような、圧倒される姿だった。羽ばたきが始まると翼の動きはどんどん速くなって、ついに足が地面から離れたところで、
「じゃ……さよなら」
 そう言い残して、天使は吹き飛ばされそうなくらいの風と轟音とともに飛び立っていった。
 土煙が消えて、僕が曇り空を見上げる頃には、天使はもう点のようになってしまっていた。僕はえもいわれぬ満足感で胸をいっぱいにしながら、それをただじっと見つめていた。
 すると突然、東の空から煙を吐きながら鉛筆みたいな何かが飛び出してきた。
 軍のミサイルだ。
 ミサイルは一直線に空を進んでいく。方向からして、狙いは……天使だった。
「にげ――」
 遠い空で小さな爆発が起こった。
 ミサイルの残骸か、天使の翼か、何かの部品が落ちていくのが見えた。
 あぁ。
 天使の自由は、あっけなく終わってしまった。

 僕が翼を直さなければ撃ち落とされずに済んだのだろうか。あるいは、あの時僕が見つけていなければ。
 もう何も……何も分からなかった。何が正しかったのか、何が間違いだったのか。どちらにせよ、天使はもう、……。
 きっと天使は、自由になれたんだ。きっと。
 風に流されて雲に消えてしまった、ついさっきまで笑っていたかつての天使を背に、僕はポケットに入れていた銀を握りしめて市場の方へと向かった。
 食事はいつものスープでいい。余ったお金で本物の花を買おう。

 誰もいなくなった広場を、乾いた風が吹き抜けていった。
 
高校の頃書いたものを手直ししたやつです。
玖鳥一珂
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コメント



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1.100v狐々削除
面白く良かったです。感情が伝わりやすく書かれていて、読んでいてするすると入ってきました。主人公や回収屋のような善意を持った人間の存在と、戦争が起きているギャップが良い。ラストも良かった。
2.80小日向紺削除
 世界観が好きです
 ぜひこれからも頑張ってください