日が暮れる前に家の玄関をくぐると、叔父が意外そうな表情を浮かべながらリビングから出てきた。
「早いな、今日は」
「例の事件があらかた片付いたんだ」
「無人島で大学生が殺されたっていうやつか」
僕は頷いてスーツを脱ぎ、そのままキッチンに向かった。叔父はローテーブルの上の新聞を手に取りながら「聞いた時は長くなりそうだと思ったが」と呟き、揺り椅子に座る。
僕も同感だったが、この仕事で最初に抱く印象というものは案外当てにならないものだ。どうあれ、おかげでこうして早めに夕食の支度ができるのだから、良いことには違いない。
「何か悩んでるなら聞くぞ」
デザートを食べ終えて、何気ない世間話もひと段落したかと思うと、叔父は急にそう言った。わざと緩い姿勢をとっていた体が思わずびくっと跳ねてしまう。
「考え込むのはお前の癖だが、味にも迷いがあるのは珍しいな」
「美味しくなかった?」
「いや、美味しいよ。いつもが良すぎるんだ」
「ごめん。たいしたことじゃないんだ、多分」
「じゃあもしかしたら、たいしたことかもしれないんだな」
しばらくの沈黙の後、僕は叔父の目をまっすぐ見て、訊いた。
「なんでわざわざ無人島で殺したんだろう」
コーヒーのカップを置き、身を乗り出して「詳しく」と返す叔父。その表情はいつもと違って険しいものに変わっている。
僕は事件の詳細を説明した。
六人の大学生がゼミの課外授業として小さな無人島のロッジで合宿をし、殺人事件を模した推理ゲームを行なっていたところ、その最中実際に一人が殺害された。しかし小説のように島が外と断絶されていると言ったことはなく、通報によってすぐさま警察が駆けつけ、合宿はもちろん中止になった。五人は徹底的に荷物やアリバイを調べられ、島全体やその付近の海にも捜査が行われた。すると五人のうちの一人は、他の四人と違い完璧なアリバイを持っていないことがわかり、彼は第一容疑者となった。
しかし警察が本当に疑っていたのは、あまりに完璧に組み立てられた四人のアリバイの方だったのだ。懸命な捜査の末、四人全員の指紋が付着した凶器が発見され、また過去を辿ると四人とも被害者に恨みを持っていたことが判明した。
これらの事実は四人に、被害者にトラウマを与えようと拷問まがいの計画を立てていたことを自白させるに至った。なんと計画の相談はスマホでも口頭でもなく筆跡を隠した文通で行われ、使われた手紙はいちいち焼き捨てられるという入念なものだった。
しかし、このようにして文通の証拠が残っていないのをいいことに、自分は主犯でも実行犯でもないし殺すなんて知らなかった、と四人全員が言い張っている。ただ自白は時間の問題だろうと思われた。
「僕が不思議に思ったのは、そこまで徹底した方法で相談したのに、どうして無人島なんていう自分たちに強い疑いが向いてしまう場所を犯行に選んだのかってことだ」
全てを話し終わって喉の乾きに気づいた僕は、グラスに残っていた水を一気に飲み干した。ずっと黙って聞いていた叔父がやっと口を開く。
「その島での合宿を提案したのは誰なんだ?」
「推理ゲームも含めて、そのゼミではもう何年も恒例だったらしいよ」
叔父はまた少しの間考え込んだかと思うと、急に普段の優しい顔に戻り、ここからは答え合わせの時間、とでも言うかのようにゆっくりと切り出した。
「お前の疑問はもっともだ。明らかに計画の立て方と計画の中身が釣り合っていない。しかし多くの人間はそのことに気づかないようだな。無人島という単語に引かれ、まるで小説のようだと持て囃して終わりだ。そしてそれが犯人の一番の狙いでもある。その四人はたしかに強い恨みを持っていたかもしれないが、おそらく殺人まではしていない。計画を主導したのも、四人のうちの誰かを装った別の人間だ。だから成りすましが容易な文通を使い、手紙を処分させたんだ」
僕は跳ねるように立ち上がった。
「まさか、じゃあ犯人は」
「まてまて、早とちりするな。もう一度お前の最初の疑問に立ち返って考えてみるんだ。『なぜ無人島なのか?』 それは、人々に無人島が舞台のミステリーやホラー作品を連想させ、その大方の内容通り『犯人は島に行った人物の中の誰かだ』と思わせるためだ。つまり、実際は島に行った人物の中に犯人はいない……」
叔父は目を瞑って、一つ深呼吸をした。再びゆっくり開いた目は宙を見つめていた。
「……かといって、ゼミ外の人間が友人を装って四人全員と文通し、島に赴いて殺人を実行するのは難しいだろう。だが、一人だけ、ゼミに所属し、四人とも被害者とも交流があり、誰よりも島に詳しく、合宿を実質立案したが参加はしていない人間がいる。教師がそうだ」
叔父はそこまで話し終えると僕にコーヒーのおかわりを頼んできたが、それに答える前に僕の体はすでに外へと飛び出していた。
「早いな、今日は」
「例の事件があらかた片付いたんだ」
「無人島で大学生が殺されたっていうやつか」
僕は頷いてスーツを脱ぎ、そのままキッチンに向かった。叔父はローテーブルの上の新聞を手に取りながら「聞いた時は長くなりそうだと思ったが」と呟き、揺り椅子に座る。
僕も同感だったが、この仕事で最初に抱く印象というものは案外当てにならないものだ。どうあれ、おかげでこうして早めに夕食の支度ができるのだから、良いことには違いない。
「何か悩んでるなら聞くぞ」
デザートを食べ終えて、何気ない世間話もひと段落したかと思うと、叔父は急にそう言った。わざと緩い姿勢をとっていた体が思わずびくっと跳ねてしまう。
「考え込むのはお前の癖だが、味にも迷いがあるのは珍しいな」
「美味しくなかった?」
「いや、美味しいよ。いつもが良すぎるんだ」
「ごめん。たいしたことじゃないんだ、多分」
「じゃあもしかしたら、たいしたことかもしれないんだな」
しばらくの沈黙の後、僕は叔父の目をまっすぐ見て、訊いた。
「なんでわざわざ無人島で殺したんだろう」
コーヒーのカップを置き、身を乗り出して「詳しく」と返す叔父。その表情はいつもと違って険しいものに変わっている。
僕は事件の詳細を説明した。
六人の大学生がゼミの課外授業として小さな無人島のロッジで合宿をし、殺人事件を模した推理ゲームを行なっていたところ、その最中実際に一人が殺害された。しかし小説のように島が外と断絶されていると言ったことはなく、通報によってすぐさま警察が駆けつけ、合宿はもちろん中止になった。五人は徹底的に荷物やアリバイを調べられ、島全体やその付近の海にも捜査が行われた。すると五人のうちの一人は、他の四人と違い完璧なアリバイを持っていないことがわかり、彼は第一容疑者となった。
しかし警察が本当に疑っていたのは、あまりに完璧に組み立てられた四人のアリバイの方だったのだ。懸命な捜査の末、四人全員の指紋が付着した凶器が発見され、また過去を辿ると四人とも被害者に恨みを持っていたことが判明した。
これらの事実は四人に、被害者にトラウマを与えようと拷問まがいの計画を立てていたことを自白させるに至った。なんと計画の相談はスマホでも口頭でもなく筆跡を隠した文通で行われ、使われた手紙はいちいち焼き捨てられるという入念なものだった。
しかし、このようにして文通の証拠が残っていないのをいいことに、自分は主犯でも実行犯でもないし殺すなんて知らなかった、と四人全員が言い張っている。ただ自白は時間の問題だろうと思われた。
「僕が不思議に思ったのは、そこまで徹底した方法で相談したのに、どうして無人島なんていう自分たちに強い疑いが向いてしまう場所を犯行に選んだのかってことだ」
全てを話し終わって喉の乾きに気づいた僕は、グラスに残っていた水を一気に飲み干した。ずっと黙って聞いていた叔父がやっと口を開く。
「その島での合宿を提案したのは誰なんだ?」
「推理ゲームも含めて、そのゼミではもう何年も恒例だったらしいよ」
叔父はまた少しの間考え込んだかと思うと、急に普段の優しい顔に戻り、ここからは答え合わせの時間、とでも言うかのようにゆっくりと切り出した。
「お前の疑問はもっともだ。明らかに計画の立て方と計画の中身が釣り合っていない。しかし多くの人間はそのことに気づかないようだな。無人島という単語に引かれ、まるで小説のようだと持て囃して終わりだ。そしてそれが犯人の一番の狙いでもある。その四人はたしかに強い恨みを持っていたかもしれないが、おそらく殺人まではしていない。計画を主導したのも、四人のうちの誰かを装った別の人間だ。だから成りすましが容易な文通を使い、手紙を処分させたんだ」
僕は跳ねるように立ち上がった。
「まさか、じゃあ犯人は」
「まてまて、早とちりするな。もう一度お前の最初の疑問に立ち返って考えてみるんだ。『なぜ無人島なのか?』 それは、人々に無人島が舞台のミステリーやホラー作品を連想させ、その大方の内容通り『犯人は島に行った人物の中の誰かだ』と思わせるためだ。つまり、実際は島に行った人物の中に犯人はいない……」
叔父は目を瞑って、一つ深呼吸をした。再びゆっくり開いた目は宙を見つめていた。
「……かといって、ゼミ外の人間が友人を装って四人全員と文通し、島に赴いて殺人を実行するのは難しいだろう。だが、一人だけ、ゼミに所属し、四人とも被害者とも交流があり、誰よりも島に詳しく、合宿を実質立案したが参加はしていない人間がいる。教師がそうだ」
叔父はそこまで話し終えると僕にコーヒーのおかわりを頼んできたが、それに答える前に僕の体はすでに外へと飛び出していた。