勇者なんておとぎ話だ。
ぜんぶ嘘で、実在しない。
蒸気機関車が大陸を横断し、ライフル銃が悪党を処刑する現代に、勇者を信じるやつなんていない。
……だからこそ、効果がある。
偽装の話だ。
昔々、伝説にある勇者たちは実在した。ぼくらはその末裔であり、その役目を受け継いでいる。役目。つまり、魔王を殺すこと。
「先生。まだか?」
能天気な声がぼくを呼んでいる。
くそ。こんなやつを生徒にした覚えはないが、上からの指示だから仕方がない。
現代の勇者は、議会の命令に従えない。王政の時代が懐かしい。ぼくは生まれていなかったが、きっとこんな面倒なことにはなっていなかただろう。
「先生! さっさとしろよ。いつまで時間かけてんだよ。あいつら逃げちゃうぞ!」
「静かに。きみのその声で気づかれるだろ」
ぼくはすでに、勇者装束に着替えている。
ぴったりとした黒衣の内側に、防刃防弾衣。顔は覆面で隠す。足元は、底を樹脂で固めた靴だ。移動音を殺せる。
静かに、密かに、一撃で。
それが勇者の仕事だ。派手にやり合うのは軍隊の役目だろう。
路地裏を見下ろす。標的は、七名の護衛に守られている。その中心にいるのは魔王。
正確には、魔王認定者。議会が魔王と認めた人間だ。
ぼくは彼が何をしたのか知らない。ただ、殺さなければならないということは、決まっている。それが勇者の仕事だ。
「行くよ」
ぼくは腰に吊ったピストルのグリップを確かめる。銃弾は装填済み。六連発。これで仕留められれば、何よりだ。
背後の『生徒』を振り返らずに声をかける。
「きみは二十歩後ろからついてきて」
「先生、もしかして……それ、聖剣?」
ぼくの『生徒』は、まるでぼくの話を聞いていなかったかのように尋ねてくる。興味津々と言った様子だ。ぼくが背負った剣を指でつつく。
「すげっ。初めて見た。魔法とかも使えるの?」
「魔法なんて使えないよ、あれはただの手品」
事実だ。勇者は魔法を使うという伝説がある。あんなものは、火花を出したり煙を出したりする手品にすぎない。
よくある勇者のイメージに対する誤解だ。
「ただ、聖剣は本物」
ぼくは正直に答えた。こういうところが、ぼくのダメなところだ。どうでもいい質問にも真面目に答える。もっと手を抜かないと社会ではやっていけない。そんな風に言われたこともある。
「これを使うのは、本当に最後の手段」
ぼくは聖剣の柄を、肩越しに掴んだ。いつでも抜刀できる。片刃の曲刀。勇者の末裔に与えられた、唯一に近い特権だ。聖剣を抜くことを、自分の判断で許可されている。
「じゃあさ、先生! それでさっさと魔王を一刀両断! とか、駄目なの?」
「ぼくのは、そういう聖剣じゃない」
向き不向きというものはある。『狩人』の聖剣。ぼくの聖剣はそのように呼ばれている。『戦士』や『導師』とは違う。隠密行動や奇襲に特化した聖剣。
はっきり言って、こいつで魔王と渡り合うには不安が残る。正面からの白兵戦に向いた聖剣ではないからだ。
いまさら、『戦士』の同行を断ったことを後悔する。もう遅いので仕方がない。
いまはせいぜい、『生徒』相手に粋がってみることしかできない。馬鹿げている。
結局、勇者の末裔だなんて名乗って、意地を張るのは少数派なんだろう。絶滅まではそう遠い未来じゃない。
「行くよ」
ぼくは『生徒』を促した。
「勇者の裔の仕事、見せてやるよ」
ぜんぶ嘘で、実在しない。
蒸気機関車が大陸を横断し、ライフル銃が悪党を処刑する現代に、勇者を信じるやつなんていない。
……だからこそ、効果がある。
偽装の話だ。
昔々、伝説にある勇者たちは実在した。ぼくらはその末裔であり、その役目を受け継いでいる。役目。つまり、魔王を殺すこと。
「先生。まだか?」
能天気な声がぼくを呼んでいる。
くそ。こんなやつを生徒にした覚えはないが、上からの指示だから仕方がない。
現代の勇者は、議会の命令に従えない。王政の時代が懐かしい。ぼくは生まれていなかったが、きっとこんな面倒なことにはなっていなかただろう。
「先生! さっさとしろよ。いつまで時間かけてんだよ。あいつら逃げちゃうぞ!」
「静かに。きみのその声で気づかれるだろ」
ぼくはすでに、勇者装束に着替えている。
ぴったりとした黒衣の内側に、防刃防弾衣。顔は覆面で隠す。足元は、底を樹脂で固めた靴だ。移動音を殺せる。
静かに、密かに、一撃で。
それが勇者の仕事だ。派手にやり合うのは軍隊の役目だろう。
路地裏を見下ろす。標的は、七名の護衛に守られている。その中心にいるのは魔王。
正確には、魔王認定者。議会が魔王と認めた人間だ。
ぼくは彼が何をしたのか知らない。ただ、殺さなければならないということは、決まっている。それが勇者の仕事だ。
「行くよ」
ぼくは腰に吊ったピストルのグリップを確かめる。銃弾は装填済み。六連発。これで仕留められれば、何よりだ。
背後の『生徒』を振り返らずに声をかける。
「きみは二十歩後ろからついてきて」
「先生、もしかして……それ、聖剣?」
ぼくの『生徒』は、まるでぼくの話を聞いていなかったかのように尋ねてくる。興味津々と言った様子だ。ぼくが背負った剣を指でつつく。
「すげっ。初めて見た。魔法とかも使えるの?」
「魔法なんて使えないよ、あれはただの手品」
事実だ。勇者は魔法を使うという伝説がある。あんなものは、火花を出したり煙を出したりする手品にすぎない。
よくある勇者のイメージに対する誤解だ。
「ただ、聖剣は本物」
ぼくは正直に答えた。こういうところが、ぼくのダメなところだ。どうでもいい質問にも真面目に答える。もっと手を抜かないと社会ではやっていけない。そんな風に言われたこともある。
「これを使うのは、本当に最後の手段」
ぼくは聖剣の柄を、肩越しに掴んだ。いつでも抜刀できる。片刃の曲刀。勇者の末裔に与えられた、唯一に近い特権だ。聖剣を抜くことを、自分の判断で許可されている。
「じゃあさ、先生! それでさっさと魔王を一刀両断! とか、駄目なの?」
「ぼくのは、そういう聖剣じゃない」
向き不向きというものはある。『狩人』の聖剣。ぼくの聖剣はそのように呼ばれている。『戦士』や『導師』とは違う。隠密行動や奇襲に特化した聖剣。
はっきり言って、こいつで魔王と渡り合うには不安が残る。正面からの白兵戦に向いた聖剣ではないからだ。
いまさら、『戦士』の同行を断ったことを後悔する。もう遅いので仕方がない。
いまはせいぜい、『生徒』相手に粋がってみることしかできない。馬鹿げている。
結局、勇者の末裔だなんて名乗って、意地を張るのは少数派なんだろう。絶滅まではそう遠い未来じゃない。
「行くよ」
ぼくは『生徒』を促した。
「勇者の裔の仕事、見せてやるよ」