ちゅんととんがった上唇がかわいいと思いました。
いつも眠たげな焦げ茶色の瞳も。笑ったときに片方の頬にだけできるえくぼも、聴いていて心地良い落ち着いた喋り方も、全部。
はじまりなんてそんな些細なことで、それでも一度気付いてしまったら知る前には戻れなくて。この一年間、どうしようもなくあなたに恋焦がれていました。
二年生の終わりにあなたが転校してきた日のこと、最初にわたしに話しかけてくれた日のこと、初めて二人で遊びに出かけた日のこと。全部が昨日のことのように思い返されます。
あなたは同学年の人たちの中でもとびきり大人びていて、誰もがあなたに夢中だった。腰まで伸ばされた長い黒髪も、折られていない制服のスカートも、全てが洗練されているようでした。
もちろん、恋人の関係になれないことなんて最初からわかっていました。言うまでもないことですが、あなたはとても魅力的な人で、それ相応に周囲の人たちから慕われていましたから。
わたしなんかがそんなあなたの特別になれるなんて思っていなかったし、自分がそう願うことすら許せなかった。
一度は身を引こうと思ったこともありました。こんなわたしじゃあなたに釣り合わない。それでも、「どうしたの?」って尋ねられるその一言だけで、あなたに興味がないふりなんてできなくなるんです。
単純だって笑ってくれてもいい。でもね、そんな言葉を投げ掛けられたらわたしがあなたを諦められなくなることなんて、本当はあなたが一番わかっていたんでしょう。
だって、あなたはわたしの気持ちに気付いた上で、何も知らないふりをして指を絡めてきた。傷だらけの左腕をそっと撫でてくれた。わたしだけにしか見せていないみたいな表情で、二人だけの秘密ねって囁いてきた。
あなたは自分の行動がどれだけ他人に影響を与えるかを理解していない。わたしをその気にさせることだって、あなたにとってはただの暇つぶしだったんだよね。それによってわたしがどれだけあなたへの想いを拗らせることになるのか、あなたはきっと想像もしてくれない。本当に誰よりも残酷な人だと思う。
だから、ごめんね。こんな話に付き合わせることくらい、どうか許してほしい。
あなたは、あの夏の日のことを覚えているでしょうか。
真夜中にカラオケに行ってお互いが満足するまで好きな曲を歌ったあと、よく二人で遊んでいた河原であなたにピアスを開けてもらいました。
実はわたしは、あなたの舌に開いているピアスがずっと羨ましくて仕方なかったんです。喋るときも、歌を歌うときも、キスをするときも。あなたが口を開くたびに姿を現すその銀色に、すっかり魅了されていました。
だから、あなたからお揃いにしようって言われたときは声の出し方すら忘れてしまうほど嬉しかった。
近くのドンキでニードルやら消毒液やらを買い込んで、服が汚れるのも構わず地面に座り込みました。
「ね、全然痛くないでしょ?」って微笑んだあなたの横顔が綺麗で、きらきら眩しくって、泣きたくなるほど好きだと思いました。もうあなたのこと以外考えたくなかった。あの美しい夏の夜空をあなただと思いたかった。あなたに思いを馳せながらラブソングを聴いている時間が幸せだった。あなただけに溺れたくて、酸いも甘いもあなたと一緒じゃなきゃ嫌だった。
結局、わたしの舌に宿った銀色は、あなたが開けてくれたというフィルターを通さないで見るなら、何も特別なものではありませんでした。そのときようやく、あれはあなただったからあんなにも耽美に感じられたのだと気付いたのです。
さて、夏休み明けを境に、あなたがわたしに声を掛けることはなくなりました。明確な理由はわからないけど、きっと受験に集中したかったとか、わたしと関わることに飽きてしまったとか、そんなところだと思います。
その間もわたしは、あなたが部屋に忘れていった本を読み返したり、膿んでダメになった舌ピを開け直したりしていました。そうしているときだけ、わたしは安心して呼吸することができたんです。
当然、受験勉強なんて集中できるはずがないので、大学に進学することは叶いませんでした。
飽き性のあなたはもうとっくに穴を塞いでしまったらしいけど、あなたが舌ピを辞めた理由が、本当にただピアスに興味がなくなっただけだってわかってしまうから、もうどうしようもありませんでした。
あなたは別に情動に駆られたわけでも、わたしのことを忘れたかったわけでもない。わたしはこれから一生、このピアスと今日までの思い出に縋って生きていかなきゃいけないのに、あなたにとっては特別でもなんでもなかったみたい。
わかりきってたことだけど、それがどうしようもなく寂しくて、苦しくて、もうなんでもいいやって思っちゃった。わたしが今更どれだけ後悔したってあなたの特別になれなかったことに変わりはないし、きっとあなたはこれから先もわたしを好きになることなんてない。
それならせめて、あなたの記憶にわたしという人間を刻み込まなきゃいけないって思ったの。
わたしがたしかにあなたの人生に関わっていたこと、この手紙も、全部忘れちゃ嫌だからね。
大切で大好きだったの。好きなの。ごめんね。
いつも眠たげな焦げ茶色の瞳も。笑ったときに片方の頬にだけできるえくぼも、聴いていて心地良い落ち着いた喋り方も、全部。
はじまりなんてそんな些細なことで、それでも一度気付いてしまったら知る前には戻れなくて。この一年間、どうしようもなくあなたに恋焦がれていました。
二年生の終わりにあなたが転校してきた日のこと、最初にわたしに話しかけてくれた日のこと、初めて二人で遊びに出かけた日のこと。全部が昨日のことのように思い返されます。
あなたは同学年の人たちの中でもとびきり大人びていて、誰もがあなたに夢中だった。腰まで伸ばされた長い黒髪も、折られていない制服のスカートも、全てが洗練されているようでした。
もちろん、恋人の関係になれないことなんて最初からわかっていました。言うまでもないことですが、あなたはとても魅力的な人で、それ相応に周囲の人たちから慕われていましたから。
わたしなんかがそんなあなたの特別になれるなんて思っていなかったし、自分がそう願うことすら許せなかった。
一度は身を引こうと思ったこともありました。こんなわたしじゃあなたに釣り合わない。それでも、「どうしたの?」って尋ねられるその一言だけで、あなたに興味がないふりなんてできなくなるんです。
単純だって笑ってくれてもいい。でもね、そんな言葉を投げ掛けられたらわたしがあなたを諦められなくなることなんて、本当はあなたが一番わかっていたんでしょう。
だって、あなたはわたしの気持ちに気付いた上で、何も知らないふりをして指を絡めてきた。傷だらけの左腕をそっと撫でてくれた。わたしだけにしか見せていないみたいな表情で、二人だけの秘密ねって囁いてきた。
あなたは自分の行動がどれだけ他人に影響を与えるかを理解していない。わたしをその気にさせることだって、あなたにとってはただの暇つぶしだったんだよね。それによってわたしがどれだけあなたへの想いを拗らせることになるのか、あなたはきっと想像もしてくれない。本当に誰よりも残酷な人だと思う。
だから、ごめんね。こんな話に付き合わせることくらい、どうか許してほしい。
あなたは、あの夏の日のことを覚えているでしょうか。
真夜中にカラオケに行ってお互いが満足するまで好きな曲を歌ったあと、よく二人で遊んでいた河原であなたにピアスを開けてもらいました。
実はわたしは、あなたの舌に開いているピアスがずっと羨ましくて仕方なかったんです。喋るときも、歌を歌うときも、キスをするときも。あなたが口を開くたびに姿を現すその銀色に、すっかり魅了されていました。
だから、あなたからお揃いにしようって言われたときは声の出し方すら忘れてしまうほど嬉しかった。
近くのドンキでニードルやら消毒液やらを買い込んで、服が汚れるのも構わず地面に座り込みました。
「ね、全然痛くないでしょ?」って微笑んだあなたの横顔が綺麗で、きらきら眩しくって、泣きたくなるほど好きだと思いました。もうあなたのこと以外考えたくなかった。あの美しい夏の夜空をあなただと思いたかった。あなたに思いを馳せながらラブソングを聴いている時間が幸せだった。あなただけに溺れたくて、酸いも甘いもあなたと一緒じゃなきゃ嫌だった。
結局、わたしの舌に宿った銀色は、あなたが開けてくれたというフィルターを通さないで見るなら、何も特別なものではありませんでした。そのときようやく、あれはあなただったからあんなにも耽美に感じられたのだと気付いたのです。
さて、夏休み明けを境に、あなたがわたしに声を掛けることはなくなりました。明確な理由はわからないけど、きっと受験に集中したかったとか、わたしと関わることに飽きてしまったとか、そんなところだと思います。
その間もわたしは、あなたが部屋に忘れていった本を読み返したり、膿んでダメになった舌ピを開け直したりしていました。そうしているときだけ、わたしは安心して呼吸することができたんです。
当然、受験勉強なんて集中できるはずがないので、大学に進学することは叶いませんでした。
飽き性のあなたはもうとっくに穴を塞いでしまったらしいけど、あなたが舌ピを辞めた理由が、本当にただピアスに興味がなくなっただけだってわかってしまうから、もうどうしようもありませんでした。
あなたは別に情動に駆られたわけでも、わたしのことを忘れたかったわけでもない。わたしはこれから一生、このピアスと今日までの思い出に縋って生きていかなきゃいけないのに、あなたにとっては特別でもなんでもなかったみたい。
わかりきってたことだけど、それがどうしようもなく寂しくて、苦しくて、もうなんでもいいやって思っちゃった。わたしが今更どれだけ後悔したってあなたの特別になれなかったことに変わりはないし、きっとあなたはこれから先もわたしを好きになることなんてない。
それならせめて、あなたの記憶にわたしという人間を刻み込まなきゃいけないって思ったの。
わたしがたしかにあなたの人生に関わっていたこと、この手紙も、全部忘れちゃ嫌だからね。
大切で大好きだったの。好きなの。ごめんね。