桜の木の下には、死体が埋まっているらしい。
そう呟いて顔を向けると、彼は眉を顰めていた。
「知ってるだろ、ほら、梶井基次郎の小説」
「俺、あの人の話あんま好きじゃないんだよ」
鬱屈としてて、気が滅入るから。彼は下を向いていた。そこには踏みにじられ、薄汚れた花びらが数え切れないほどある。命の上に立っている。その感覚が否が応でも押し寄せてきた。
なぜ桜の木の下に死体が埋まっているのか。あの小説の人物は、美しいものの下に恐ろしくて、残忍で、グロテスクなものが埋まってるのが安心するからだと笑っていた。……それならきっとその死体はより醜悪な存在の方がいいはずだ。
「なぁ」
短く呼びかければ、目の前の青年は不安そうな目でこちらを真っ直ぐと見つめた。まだあどけないその表情を見て、口角がゆるりとあがっていくのがわかる。
「俺が死んだらきっと、一等綺麗な花がそこに咲くよ」
風が吹いて、何枚もの桜の花びらが俺たちの間を駆け抜けていく。それが俺たちの間にそびえ立つ壁だなんて、彼はきっと考えもしない。
「なに、言って、」
息が詰まったように言葉を吐く彼に背を向けて歩き出す。
「早く帰ろう。母さんが心配する」
少し遅れて、彼が頷く。駆け足でこちらに近づいきたのが足音でわかった。
なぁ。俺が死んだところにはきっと綺麗な花が咲くからさ。その花ぐらいは、愛してくれよ。
口にできなかった言葉は夜風にどろりと溶けて消えていった。
そう呟いて顔を向けると、彼は眉を顰めていた。
「知ってるだろ、ほら、梶井基次郎の小説」
「俺、あの人の話あんま好きじゃないんだよ」
鬱屈としてて、気が滅入るから。彼は下を向いていた。そこには踏みにじられ、薄汚れた花びらが数え切れないほどある。命の上に立っている。その感覚が否が応でも押し寄せてきた。
なぜ桜の木の下に死体が埋まっているのか。あの小説の人物は、美しいものの下に恐ろしくて、残忍で、グロテスクなものが埋まってるのが安心するからだと笑っていた。……それならきっとその死体はより醜悪な存在の方がいいはずだ。
「なぁ」
短く呼びかければ、目の前の青年は不安そうな目でこちらを真っ直ぐと見つめた。まだあどけないその表情を見て、口角がゆるりとあがっていくのがわかる。
「俺が死んだらきっと、一等綺麗な花がそこに咲くよ」
風が吹いて、何枚もの桜の花びらが俺たちの間を駆け抜けていく。それが俺たちの間にそびえ立つ壁だなんて、彼はきっと考えもしない。
「なに、言って、」
息が詰まったように言葉を吐く彼に背を向けて歩き出す。
「早く帰ろう。母さんが心配する」
少し遅れて、彼が頷く。駆け足でこちらに近づいきたのが足音でわかった。
なぁ。俺が死んだところにはきっと綺麗な花が咲くからさ。その花ぐらいは、愛してくれよ。
口にできなかった言葉は夜風にどろりと溶けて消えていった。