zorozoro - 文芸寄港

閃光少女

2024/11/18 01:37:41
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 ホテルの部屋のあらゆる空間をからだの中に取り込んで立っているライカの瞳は、今かれの持つカメラに写っている。その瞳は部屋の中にある何よりも大きな質量を持って迫ってくるから、かれはすべてからだの動きを奪われてしまいそうになる。
重い空気ののしかかる部屋の中でかれは、それでもベッドの上にたたずむライカの姿にシャッターを切る。真っ赤な衣装に縫い付けられたスパンコールの揺れや天井のライトから漏れる微かなノイズ、部屋の外で降り続ける雨の音もすべて、部屋の中で入れ替わりあふれるあらゆる物質の運動がかれの人差し指にかかるシャッターボタンによって静止する。
 ──私のからだを産み直してほしい。
 そう言っていた彼女の姿が流れゆく時間の中に残り続ける。

 撮影はそうして終わりだった。
 カットのかかることのないファッションシューティングの撮影は現実と撮影の間にあるかれの境を曖昧にぼかしている。
 構えていたカメラを下ろしてかれはライカを見つめる。カメラのファインダーを通して写っていたからだが現実にあることを、改めて認識する。
 目の前にいるライカが身につけている衣装についているスパンコールのゆれに、目がくらむ。
 ライカはしばらく、まったく、まるでモニュメントのように動かないでじっと、かれの目を見つめる。
 モニュメントのようなライカの現実味のない瞳を前にしてかれはいま、撮影の意識から現実に移行することができないでいる。
 とどまり続けて消えない意識が筋繊維の隙間に入り込んで、細胞の交換を阻害している。
 そんなかれのからだの輪郭をなぞるように見回して、ライカはゆっくり口をひらく。
「セックスもするから」
 そう言った。
 かれの意識の境に立って、ライカはかれを見下ろしている。
 遥か上空から見下ろされているようなその視線に掴まれて、かれはからだを動かすことができない。
「仕事だから」
 かれの応答を待つことなくライカは続ける。
 首をひねって天井を見上げると、頭についている赤色の羽根が天井に触れそうだった。首の動きに連動した衣装のスパンコールは部屋のライトを反射して、できた影は部屋のあちこちでゆらゆら揺れて踊る。
「でも、だからいつもみたいにしてほしい」
 かれの頭の中にライカの声がぼんやり響く。
 からだにコンクリートを流し込まれて象られたようにベッドの上に固定されたライカの姿がかれの視界の中心にある。
 部屋のあちこちにちらばるスパンコールの赤い影がどれだけ揺れてかれの目線を奪おうとしても、ライカに向かうその視線と画角が奪われることは決してなかった。
 硬直した空間でライカは、ゆっくり衣装を脱いでいい加減に投げつける。
 ハッとした。
 何をするつもりなのか、かれにはわからなかった。
 ただその空間の中でふいに浮いた彼女と、それから衣装を見つめた。
 投げられた衣装は部屋の明かりを反射しながらカーテンにまでのびていき、あたるとずるずるずるずるつたって落ちていく。
 投げ捨てられた衣装は床にもれる明け方の薄明とともに、静かに赤色を彩る。
「下着まで、赤なんだ」
 かれの口からもれた言葉に、
「やめてよ」
 ぼそっと囁きながら、ライカはベッドから降りた。
「先にシャワー浴びてくる」
 そう言い残して、部屋の中からいなくなった。

 撮影の間ライカのからだにまとわりついていた空間と、それに向けられていたかれの意識にあいた穴を埋めるようにして、かれの中に雨の音が侵入してくる。
 カーテンを開けてみると見える、広がる街の遥か地上にまで、雨は確かに降っている。
 高層階から見える粒子の粗い街の上には、明るさがどこから始まっているのかわからないような、じっと見つめていると意識をうすくのばされてしまいそうな空が広がっている。そしてそこには、この部屋の天井と同じくらいに低い雨雲が垂れ下がっている。
 地上のどこに隠れていたとしても、すべて生物の皮膚に侵入してくる紫外線と共に移動し続けてきた雲のその疲労感が、かれのからだにのしかかる。
 その雲から絶え間なく注がれる無数の雨の線に、かれはしばらく目を奪われてしまう。建物に打ち付ける音のリズムと抵抗なく落下していく滑らかなその動きに、筋肉はゆるみ、意識と共にあるからだの感覚が目の前に広がる窓の外の景色に飽和していく。
 からだが外の水滴に同化するなかかろうじて残り続けるかれの無意識の中で働いているカメラは、窓の外の景色のその画角を捉える。
 カメラワークは雨の降り注ぐ渋谷の街の全体を映し、間も無く重力を受けて雨の動きと共に地上へ落下していく。
 ビルに沿って落下していくその間、かれの頭の中には今まで撮影してきた写真の記憶が巡る。そしてその中から一枚の写真が浮かび上がってくる。
 窓の外の景色の地上にある、駅につながる交差点。その人混みを駆け抜けていく女の写真だった。
 でも写る女の後ろ姿は、背景の人混みに混ざって溶けているから、それが誰なのかはっきりと思い出すことができない。
 お前は誰だ?
 かれは問う。
 応答はない。
 急いでかれは記憶を巡る別の写真と女を重ねて象り捕捉して、特定を試みる。
 でも、どれも女のからだに重なるものはない。
 それどころか女は写真のフレームから抜け出して、ついにかれの頭の中から消え去っていく。
 駆け抜ける女の後ろ姿を追いかけるようにかれは試みる。
 いつの間にか地上に降り立っているかれは一歩を踏み出す。
 確かな足取りで人混みの中の彼女の後ろ姿を追いかける。
 しかしかれは、交差点の白線を踏み外してしまう。
 重力がからだにのしかかり、かれは地球の中心にからだを引かれる。
 意識が落下する。
 爆速で落ちるなか流れ続けるいくつもの記憶と写真がかれの視界を覆い尽くしていく。
 稲妻が走るように光がかれの視界に映るいくつもの記憶と写真のそのすべてをつらぬいていく。
 際限なく落ち続ける中でふとその光は女のかたちを象りながらかれの手を取る。
 女の手の感触を、かれは確かに感じ取る。
 女はかれの手を引いてどこかへ連れ出そうと試みる。
 からだを引かれて風を感じる。
 行き先も、目の前の景色もわからないなか、女は走り出す。
 走り出したその瞬間、しかし雨と共に落下していったかれの意識は手元に持っているカメラのもとに戻ってくる。
 眠りから醒めるように、ホテルの部屋の窓際で浮遊感を感じる。
 一瞬、心臓が血液を送り出すのを停止したような悪寒に触れる。
 息をつく。
 呼吸を整える。
 それからかれは、現存している手元のカメラに残るデータを確認した。
 しかし、頭の中を巡った女の写真は、やはりカメラには残っていない。
 残っているのは、裸でマイクを持ちながらまるで類人猿のような形相でベッドを飛び回る女の写真。他にも、乱れたシーツの上でモニュメントのように動かない女の写真。
 紛れもなくそれは、今日かれが撮影したライカの写真だった。
 確認するとかれは、窓のカーテンを閉め、足元に落ちているライカの投げ捨てた赤色の衣装をベッドの隣のレザーソファに畳んで置いてやる。
撮影に向けられていた意識とその空間から解放されたかれのからだの中にあるあらゆる感覚の中に、すると今度は、目の前から漏れ出てくるライカの浴びているシャワーの音が耳に入ってくる。その音は絶え間なくすべての音線はつながりながらかれの空洞のからだの、その聴覚を刺激する。からだの中に響き渡り増幅し流れるその音に自然とかれの耳は傾いていく。

 三ヶ月前かれの事務所に今回の撮影を頼み込みに来たライカの隣には男がいた。
 引っかけたんだろう。
 かれにはすぐわかった。
 ライカと釣り合わない見た目はまさにそこらへんのコンビニから拾ってきたよう。おまけに顔中についたピアスのおかげで表情までわからない。
 しかしかれは、その男のいちばんおおきく拡張された16ミリよりも大きなピアスホールから、いつもと違う景色を覗き見る。
 かれのフォーカスした画角からは男のピアスホールが事務所の中心をなし、男の持つ穴の中に事務所があった。かれもライカも、もはやその男すらも、事務所のその空間から阻害されてしまいそうになる穴を、男は持っていた。
 その男の耳に開いた穴を見た時、かれの記憶はそれに重なる同じ画角の写真をいくつか引き出してきた。
 記憶の中に、記憶がまた重なる。
 かれの頭の中に浮かんできたのは、初めて会った時のライカの姿だった。
 グループを卒業するタイミングで出した彼女の写真集の撮影に携わっていたかれが初めて彼女を見たその景色。
マネージャーの後ろでひっそり佇みながら、じっと見つめてくる当時高校生の彼女の目の中に感じた空洞。
 当時の撮影は香港だった。
 あるはずの雲の形がはっきりと見えないような空のもとで、狭い道路の両脇に並ぶ売店とネオンの看板の数々。その中を足早に行き交う人々。耳を乱暴に切り裂く広東語。
 十七歳のからだに埋まっている五感のすべてに爆発が起きるような街の中、しかし彼女は全く怯まなかった。
 自由な感性の赴くまま行き着いた場所で、彼女の選んだ衣装で、撮影は行われた。
 異国のあらゆる空間を一瞬にして自分のからだの中に取り込み、カメラを見据える。
 その目にあいた空洞に、かれは吸い込まれてしまいそうになる。
 事務所にポツンと開いた不思議な穴に重なったのは、その当時の記憶だった。
 しかし、記憶が、その男の耳にあいた穴と重なった時その穴は塞がっていく。
 事務所の中でライカとかれの間で話しが始まると、何も知らされていなかったその男は、つまり犬のようについてきてしまった男のその耳にあいた穴は、今回の撮影を話し合うために用意され、変容した事務所のその空間において、必要とされないものになってしまった。
 いかにもお利口な感じでライカの後ろにそっと控えているのが、その男の事実を物語っている。
 だから今回の撮影のその旨を話すライカが、
「私のからだを産み直してほしい」
 そう言った理由が、その空間の外にいる男には理解できなかった。

 ──私のからだを産み直してほしい。

 私のからだに張り付いてそのまま腐っていった言葉たちでできた皮膚を全部脱ぎ捨てて、私は1から生まれ変わる。なんでもなくなって生まれ変わった私のそのからだで、もう何も、私のからだに貼り付けることのできない、もう誰も、私のことを知らない場所まで、逃げてやるんだ。

 シャワーの音が止むと、頭の中は再度、建物に打ち付ける雨の音に傾いていき、かれはまた意識を奪われてしまいそうになる。
 シャワーから出てきたライカが、
「あなたも」
 そう言ってシャワールームを指差すのに、反応が遅れる。
 裸足でこちらまで歩いてすれ違うライカがベッドに横たわるのを確認した時にようやく、かれのからだは動き出し、シャワールームに向かっていく。
 シャワールームに入ると、青白い光に包まれて視界がくらむ。慣れるのに少しだけ時間がかかる。
 目が慣れると同時にかれの頭の中では、被写体として存在しているシャワールームの、その立体空間としての把握が始まる。
 ホテルで性行為を行う男女の雰囲気作りのみにデザインされた無自覚のアートに憤りが膨らんでいく。雰囲気の一面にしか意味を持たず、見向きもされない空間に哀れみの感情が満ちていく。哀れみはからだの中で膨れ上がる憤りに、かれの意識と共に押しつぶされて飛ばされなくなってしまう。
 待たせるのは悪い。
 気づいてかれは、シャワーのレバーをおろす。
 青白い光を反射した水が勢いよく飛び出してくる。
 瞬間、その色からは想像もつかなかった熱さがかれのからだ全体に降りかかる。
 不意に全身の毛が逆立つ。
 同時に心音が跳ね上がる。
 ライカの設定した温度に感じる一粒のその間に、かれの頭の中には記憶の写真が並んでいく。
 しかしそれは、ストロボのように一瞬で過ぎ去っていく。
 動きが始まり、また終わろうとしたその時、細めてうすく開いていたかれの目にシャワーの水が突き刺さってくる。
 シャワーから目を背けると、撮影していた時にライカが身につけていた赤色の羽根が落ちているのがふと目に入る。
 ライカの足跡だとそう感じる。
 それからすぐに写真に収めようとしたけれど、しかし羽根は、すぐに排水溝の渦に巻き込まれて流れてしまう。
 二度と見ることのないその景色をとどめておこうと、頭の中で記憶を重ね、その写真を補完していく。
 もう一度シャワーをひねり、髪の毛を濡らしてシャンプーを馴染ませ泡立たせ、あぶら汚れを吸い込んだその泡を水で流す。
 からだをつたって流れていく泡が排水溝に集まっていく。
 しかし、流れていくはずの泡は集まるとくっつき増えて、排水溝の周りをうめつくす。
 かれは詰まった原因を確認するために排水溝の蓋を開ける。
 蓋を開けたかれの目の前にあるものは、赤色の羽根だった。
 ライカの衣装の一部だったその赤色の羽根には、泡と共に滑り気が絡まっている。

 すべて汚れを落としたのちにかれは、バスローブを身につけるとその赤色の羽根を右手に持って脱衣所を抜け出した。
 他人の精子が絡まった赤い羽根を右手に持つかれに、
「なにそれ」
 ベッドにころがるライカが聞いてくる。
 応答することなくかれは、赤色の羽根を部屋のゴミ箱に投げ入れた。
 赤色の羽根は重力を受けて一直線に、ゴミ箱の中に吸い込まれていった。
 ライカはちょうど髪の毛を乾かし終えたところで、左手に持っていたドライヤーをカメラに持ち替えてかれに手渡した。
 そして仰向けになって寝転び、両手を広げて天井を見つめる。
「はい」
 両手を広げて、ライカはそのからだを許可する。
 かれはライカに、本当にやるのかそう聞いた。
「猿みたいなあの男は、どうするつもり?」
「猿みたいって言わないでほしい」天井を見つめるまま、ライカはそう答えた。「私も名前は覚えてないけど、でも名前を知らないから、彼結構いいんだ。だからこそ結構いい彼を裏切る私は、世間では最低な〈元アイドル〉で、それからみんな〈浮気〉とか〈ビッチ〉とか〈寝取られた女〉とかそうやって私のことを呼んでくれるようになる」
 天井の明かりを見つめて、ライカは続ける。
「だからそれから私が逃げられるようにあなたは、私のことを撮り続けていてほしい」
 それから、からだを起こしてかれを見つめる。

 からだを重ねると、普段の奇抜なファッションに覆い隠されていた彼女のからだが本当に小さいことがわかる。かれは、もしもいつか、彼女の写真集の帯分についていたような、細胞に恋をするなんてそんな人間が本当にいたのなら、彼女の細胞はその群衆に埋め尽くされてたちまち、彼女自身はそのからだから溢れていなくなってしまうだろうと思う。
 普段の攻撃的な発言の裏に隠れている柔らかい肌に触れると、その腹から出てくるガラスのように尖った全てを、自分だけが受け止めたくなる。
 でもそれが、彼女に拒まれることをかれはよくわかっている。

 カメラで撮影されている二人の空間は、ただ人間の男女がセックスをしているだけの空間じゃない。その空間の遺伝子は既に変化していて、それは一人の人間を言葉で埋め尽くした世間と、それに溺れた彼女がまた浮かび上がるための、空っぽの空間に成り代わっている。いま、かれと彼女の間で行われているセックス行為は、人間が生殖を行うためだとか、欲求を満たすためだとか、際限のない快楽を満たすための行為じゃない。
すべての言葉をはらんだカメラの前のこの行為は、ライカのからだに繰り返される射精からその対象を空の瓶にすり替えるための、そしてその空の瓶に言葉を貼り付けさせるための、一人の人間が羽化するための抜け殻を象るための行為だった。
だからいまカメラに映っているかれと彼女の顔や、わざとらしい喘ぎ声、すべて虚しい空っぽなセックスだった。

裸のまま二人は撮影された映像を加工することなくSNSにアップロードした。
動画のインプレッションは瞬く間に膨れ上がり、次第に拡散されていく。
誰もが寝静まっているはずの夜明けのこの時間にも、SNSには言葉とそれを発している人間で溢れかえっている。
 しかし、それでも言葉の海に飲み込まれることなくその動画は、浮遊し続ける。
 待ち構えていたネットニュースが見出しをつけてどれだけ波を大きくしても、その空の瓶が沈むことはない。
 時間が経つにつれて増え続ける海の底から伸びる数えきれない人間の空の瓶を求める無数の手を、ほとぼりの冷めたその空間で画面を見ながらライカは、
「笑っちゃうよね」
 かれを見つめることなく、部屋のどこかにそう吐き捨てる。
 返す言葉を頭の中で探ってみても、かれの頭の中にある空洞にはもう何も残っていない。
 ホテルを出てからも、窓に映っていた雨は降り続いていた。
 駅につながる交差点にはスーツ姿のサラリーマンが主成分の人波ができている。
 自分だってその人波の中にいるはずなのに、無意識のカメラは遥か上空に浮かんでいるから、すぐ目の前にいるはずの彼女を群衆の中から見失ってしまいそうになってしまう。
 誰かが大きな声をあげているはずもないのに、群衆の中にはざらついた肌触りの音が響き渡っている。無数の水滴を揺らしてそれは、かれのからだの中にまで残り続ける。
 泥のようなその音がかれの足取りを引く。
 しかしふと、かれの頭の中には、
──だからそれから私が逃げられるようにあなたは、私のことを撮り続けていてほしい。
彼女の言葉が浮かんでくる。
群衆の中に響く音が振り払われる。
同時に、遥か上空に浮かんでいたカメラはその光り輝く一点の針穴を通すように、地上に立っている彼女のもとまでたどり着く。
信号の色は変わって、歩行を許可された群衆はその方向に動き始める。
それでもカメラは確実に、彼女のことを見失うことはない。
彼女の足取りのその先を写してやめない。
振り向くことのない彼女の後ろ姿は、しかしかれが追いかけることを許可しない。
彼女はふいに、交差点の中を走り始めるから、彼女のことを確かに写していたはずのカメラは震えて揺れて、降り注ぐ雨にさらされたレンズは屈折し、彼女の姿かたちと、その実態を捉えることができなくなる。
そうしてかれの意識が途切れてしまいそうになったそのとき、
──ついて来て。
彼女はかれに声をかける。
かれの手を取り走り出す。
手を引かれるままかれは、彼女と共に交差点を駆け抜ける。
群衆の中に開く空洞を、駆け抜けていく。
信号を渡り終えた時、かれの頭の中にはまた、
──だからそれから私が逃げられるようにあなたは、私のことを撮り続けていてほしい。
彼女の声が響いてやまない。
──ついて来て。
そう言われたかれは言葉の無いまま頷いて、目の前の彼女にフォーカスしていく。
群衆に紛れていく彼女の後ろ姿に、誰も彼女のことを知らないその場所にまで駆け抜けていくその後ろ姿に、かれはシャッターを切らない。
でももし彼女が、誰かに話しかける日がやってくるとしたら、その時はどうすればいい?
頭の中を駆け巡る疑問とすべての言葉は彼女の背中に張り付くことなく、空洞を彷徨い続ける。でもそれなら、言葉を捨てたその先で、すべてを軽快に追い抜く彼女の後ろ姿を撮り続けなくてはならない。光も追い抜いたその先で、輝きを放つ彼女が消え去りながらも記憶に残り続けるその時がきっとやってくるそれまで。
先回りしないで
田口あいり
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コメント



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1.90v狐々削除
面白く良かったです。_凄い圧を感じた、深海にいるみたい。_破裂まではしなかった。そもそもの状況に理解が及ばなかったからかも。グロテスクなものほど人間のフリをしてほしい。