zorozoro - 文芸寄港

「こっち見て!」

2024/11/07 01:31:11
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 お台場海浜公園は、僕の知る中で最もデートスポットにふさわしい場所だと思う。当たり前だ、なぜなら僕はここ以外のデートスポットを知らない。工業排水で少し泡立っている気がするが、それなりに綺麗に見える海がある。遠くには封鎖できないことしか知らないがデカい橋がある。とりあえずおあつらえ向きの心地よい風が吹いている。そんな好色一代男共が鼻で笑うような感性しか持ち合わせていないが故に、複数の選択肢がいつの間にか一者択一になってしまっただけの話だ。それでも、少なからず僕にはこの場所が男女の仲を深めるために最適な場所に見える。
「ここ綺麗だよね、俺ここ好きでよく一人で来るんだよね」
「そうなんだ。あ、ちょっと歩くの早いかも」
 レインボーブリッジが港区の端くれに突き刺さっている様子を、頑張って作ったアンニュイな表情で眺めていると亜子さんが後ろから返答した。というか、いつの間にか後ろにいた。
 同じ文芸サークルに所属していた亜子さんの第一印象は絵にかいたような「地味」である。銀縁の細い丸眼鏡をかけていて、いつも履いているスカートもくるぶしを隠すほど長い。特定の誰かを傷つけていたら申し訳ないが、一昔前の東池袋でたくさん見た気がする。
悪い言い方をすればパッとしないのだが、どこか素朴な素敵さがあって僕にとって惹かれるものがあった。どこぞの好色一代男共はこういう子の良さを解釈できないだろうが、きっとサークル内でも僕だけが彼女の良さを捉えているだろう。ちなみにこういったことを同じサークルの男子に吐露したことがあったが、その時は「馬鹿か」の三文字で一蹴されてしまった。それ以来奴らには亜子さんのことを話していない。「僕だけがあの子の良さを分かってるなんて、すべての男子が考えてんだよ」なんて、これ以上聞いてもいないご高説を賜るなどたまったものか。
「ごめん、ちょっと歩くの早かったね。普段散歩とかあまりしない?」
「うーんしないかも」
「そっか、じゃあ休日は何してる?」
「大体本読んで過ごしてるかな、あと映画見たり」
「いいね、誰の作品が好きとかある?」
「そうだなぁ。あまり特定の作者を追ってたりはしないかな。けっこう乱読派だし」
 速足で歩いてしまった失態を巻き返すべく咄嗟に会話をひねり出したが、これではインタビュー会見じゃないか。不覚にも、自分から話を振っていながら有名なリズムゲームのレスラーとインタビュアーを思い出してしまった。「テケテケテケですか?」ええ。「へーすごいですね。」フンフーン……。
 頭の中のシミュレーションでは会話のフルコンボをしていたはずなのに、いつまでたっても彼女の丸眼鏡にはミス表示が出ている。何とか彼女の目を見て話そうと努力していたが、急に自信がなくなって目線を落としてしまった。ネット記事に「沈黙を気まずいと思うべからず」という恋愛指南が載っていたが、こういうときを気まずいと言わずして、いったいいつのことを気まずいと言うのだ。
 僕たちの間にお台場のさざ波の音が流れる。別段、沈黙を埋めてくれるわけでもない。いっそこのまま東京湾には発生し得ないような大波が訪れて、僕だけを攫ってくれたら、どれだけ気が楽かと思ってしまうほどである。
「あの、今日楽しかった……?」
俯いてしまった僕に、亜子さんが僕に声を掛けた。正直、その言葉を彼女の口から言わせてしまった時点でこのデートはゲームオーバ―な気がする。
「楽しかったよ! そりゃもちろん」
 咄嗟に、取り繕うような口調で答えてしまった。なんでこういうとき、僕は気の利いた言葉を掛けられないのだろうか。
「その、せっかく藤君が今日誘ってくれたから、ちょっと無理してヒール高い靴履いちゃったんだけど、よく考えたら海岸には向いてなかったかもね。ごめん」
 足元を見ると、亜子さんの足首まわりは赤くなっていた。そういえば今日僕は、亜子さんに会ったとき靴のことを気にしてあげられていただろうか。よく見れば爪の先も薄桃に装飾されているし、髪もいつもの三つ編みとは違うように見える。僕はちゃんと彼女の努力を見ていただろうか。遠くのことばかり見て、一番近くの見るべき存在が見えていない自分のことが恥ずかしくなった。
「いや、俺のほうこそごめん。ずっとどこに行くかとか、何を話すかばかり考えてて気が回って無かった。今更だけど、今日の亜子さんすごいお洒落だね」
「無理して見える?」
「いいや。すごく似合ってる」
「ありがと。やっと褒めてもらった」
 また僕たちの間に沈黙が訪れた。今度の沈黙は、思いのほか心地が良かった気がする。
「ねぇ。さっき歩いてた時これ拾ったんだけど、可愛くない?」
亜子さんはそう言うと、ポケットから小さな貝殻を出した。自分はレインボーブリッジの方向ばかり見ていて、足元にこんなに綺麗なものが落ちていることに気が付かなかった。
「すごい、こんな綺麗なの落ちてたんだ」
「でしょ?」
「うん。可愛い」
 今日初めて、亜子さんの笑顔を見れた。その笑顔には、織田裕二が封鎖できない橋なんか見てるよりよっぽどの価値がある。
それから僕たちはゆりかもめまでの道のりを、お互いのことについて少しずつ話しながら歩いた。女性と横並びに歩く機会が少ないので、亜子さんと歩いていると「こんなにも歩行スピードに差が出るものなのか」と驚いてしまう。体格、歩幅、ヒールの有無もきっとその要素の一つだろう。でも彼女らは、足元近くに落ちている素敵なものを取りこぼさないように、色々なものに目を向けているからゆっくり歩く必要があるのだと学んだ。
どこに行くから楽しいというデートは本質的にはお互いのことを何も見ていないのではないだろうか。楽しいことはいつも自分の近くにあるのかもしれない。
「ねぇ亜子さん。今度さ、俺の家の近くにあるラーメン屋行かない? 遠くに行かなくても楽しめると思うんだ」
 僕は今日の経験から導き出された最適解を選んだと思った。幸せは近くにあるのならば、あのラーメン屋こそ最寄りのエデンではないか。
「え~? ラーメン屋か。ちょっと女の子誘うには不向きなんじゃない?」
 残念ながら、彼女の眼鏡にまたミス表示が出た。不覚にも、彼女のジトっとした瞳はかの有名リズムゲームでタイミングを外した時のインタビュアーそっくりであった。
朗読をするための文章が欲しいというお話を受けて作ってみた短めの作品です。
リズム天国の女の子はどうしてあれほど可愛いのか……。
HandCuff
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コメント



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1.70v狐々削除
リズム天国じつはやったことないです.