zorozoro - 文芸寄港

三月、リターンズ

2024/09/29 16:01:10
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「どうして私が好きなのか」三月が終わるまでに、この難題に納得のいく答えを出すことが出来なければ、彼女は僕とは付き合えないのだという。
 安直な答えでは満足してもらえないだろうと考えた僕は、期限ギリギリまで思考を巡らせたが、やはり彼女が納得してくれるような答えを思いつくことが出来ず、迎えた三月最終日の11時59分。約束は明日、とてもじゃないが間に合わない。僕は最後の手段として家を飛び出し、大空へと離陸した。
 超音速が生み出す衝撃波が、平和な市街地を襲う。視界の端で、知らない民家の洗濯物が派手に飛んだのが見えた。上昇の負荷に耐えながら申し訳ない、と手を合わせる。十分な高度まで上がると左に大きく旋回し、西を目指して飛行する。
 西へ西へ。地球の上を、自転に逆らって加速しながら何周も飛び続ける。やがて光速をも超えた僕の飛行の軌跡は、赤道を可視化したような光の帯になっていた。すると、地球の自転はぴたりと止まり、次の瞬間からゆっくりと逆に回転し始めた。先ほど吹き飛んだ洗濯物は元の位置に戻されて、開き掛けの桜は蕾に引き篭もっていく。
 いつか観たスーパーヒーロー映画でも、こうして時間を巻き戻していた。
 腕時計の短針が反対に二回周ったところで、携帯を開くと、カレンダーは3月31日を示していた。僕には一日の猶予が生まれた。
 上空で静止したまま考える。どうして僕は、彼女が好きなのか。とどのつまり、恋愛とは本能、すなわち性欲だ。しかしそれでは他の人でも良いことになってしまう。彼女でなければならない理由、それは一体何だろう。
 結局、一日中考えても中二病が考えたような恥ずかしい台詞しか思い付かなくて、もう一度西へ速度を上げた。
 二度目の時間遡行。彼女の顔や仕草ならいくらでも浮かぶのに答えが出ない。彼女の長くて艶やかな髪のことも、用がないと言いつつ僕に突っかかってくる面倒臭さも、照れるときに手のひらで顔を隠す癖の可愛らしさも。
 彼女への想いを説明するためにはそれだけじゃまだ何か足りなかった。もっとシンプルに、もっと核心を突いて、もっと纏まり良く。
 そうこうしている内にまた一日が過ぎてしまった。さらに時間を遡って、二日や三日にしてもまだ足りず、何度も何度も時間を後ろ側に延期した。答えが出せないのが悔しいのもあったが、それ以上に、出した答えが彼女に受け入れてもらえないことが怖かった。
 繰り返せば繰り返すほど、自分の意志とは違う言葉ばかりを生み出そうとしている気がして、徐々に自分の気持ちに自信が持てなくなっていった。そしてあるとき、ほんの一瞬だけ、本当は彼女を愛していないのかもしれないと、心のどこかでそう思ってしまった。
 その後悔と自分に対する失望とが、一気に押し寄せて、僕の心をポッキリと折ってしまったのだ。
 それから何もかもが嫌になって、僕は遠くの空を飛び続けるだけの生き物になった。
 空腹も忘れて、睡眠も忘れて、彼女との約束も忘れて、たまにすれ違う飛行機に挨拶したりもしたけれど、それも次第に虚しくなって、何もかも忘れて。そうして何千年、何万年と月日が経ち、やがて人類は滅亡した。
 恋も暦も生命も、とうの昔に絶滅してなくなった夜の中を、僕と月だけが、ただ孤独に浮遊しているだけだった。
 ふと、彼女はとっくになくなって、骨すら残っていないだろうという事実に気が付いて、もう、僕も死んでしまおうと考えた。ゆっくりと下降して、大西洋と呼ばれていたものに入水しようとしたその刹那、波紋が広がった水面に、確かに、彼女の顔が浮かんだ。
 涙が溢れて止まらなかった。もういないはずなのに、僕は彼女が好きじゃないはずなのに、どうしようもなく彼女に会いたくて仕方がなかった。
 僕は速度をつけて、西へ飛び出した。彼女に会いたい。会ってとにかく話がしたい。この気持ちを伝えたい。それ以外はなにも考えられなかった。
 西へ西へ、世界が巻き戻ってゆく。戦争で丸ごと爆破された国は大陸ごと再建されて、気候変動で枯れた草木は息吹を取り戻していく。世界が、後ろ向きに破壊と再生を繰り返していた。あまりに膨大な遡行の負荷に、僕の身体は悲鳴を上げていたけれど、どうにか歯を食いしばって強く願った。どうかもう一度、約束のあの日、あの時、あの場所に。
 
「遡行の反動でもう飛べなくなったけど、僕はやっぱり君と居たい。好きだ」
 約束していた公園、時を超えた壮大な僕の告白を、彼女は訝しむように聞いていた。
「あの、どうでしょうか」
「……遅刻の言い訳はそれだけ?」
 本日4月1日は、エイプリルフールだった。
主人公の性格が終わっている。
鬼氏
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コメント



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1.70v狐々削除
長すぎなくてよかったです、もっと短くても良かったと思います
2.80べに削除
言い訳だったのか……というところにこの長さで持っていくのはよかったです。いつもの調子で安心感もありました。
3.100A削除
すごい面白かったです、好きです。起承転結の構成が綺麗だなと思いました。主人公のでかい愛が、読者にだけ伝わってるのもよかったです。