zorozoro - 文芸寄港

喫するトリガー

2024/07/25 17:22:03
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 マップアプリに首紐を繋がれた僕は囚人だ。俯いた先は地面のぬらぬらと、歩道を区切る白線だけ。六百メートルの直進を命じられた僕に投げかけられる言葉は無くって、ネグレクトされた子供のように──現に未成年であるのだが、それをバレてはいけない。だって今は平日の昼間で、本来は学校で授業を受けていないといけないのだから。一人きりは寂しく、話し相手は恋しいけれど、警察の世話になるほど追い詰められてはいなかった。
 歩むにつれて、ひび割れたアスファルトには、ぽつりぽつりと十円玉ほどの穴が増えてきていた。穴が増えるたび、来ている制服のシャツが、羽織ったパーカーの下で窮屈になっていった。風が吹く。夏の曇り空の下、決して爽やかなものではない、淀んだ溝の匂いの風。つい顔を上げる。駅を出た時に比べると、ずいぶん景色が変わっている。案内が嬢だとか、熟した蜜だとか、CoCo壱だとか。二十メートル先右方向。久々に喋ってくれたスマートフォンの言う通りに曲がると、目的地にたどり着いた。
 黄色いペンキが剥げた、木造りの看板にはメタリックなフォントで「B-B-Hive」と綴られていた。店の前には一輪の萎びた向日葵が植えられている。僕の事を、そのひねくれた瞼の隙間からねめつけてくる。僕は改めてスマホの画面を見る。店を遠景から撮った写真の下にはクチコミが書かれている。レビュー星二『店主の対応が悪かった、欲しい商品は買えた。もう来ないと思う。』……レビュー星一『店主に胸倉を掴まれた! もう二度と行かない』……レビュー星五『こういった古き良き店に残ってもらいたい。ここは”分かっているやつ”の巣窟だ』……僕は確認するようにして悪評を読み、スマホをポケットにしまった。ここなら、年齢確認はされないだろう。堂々としていれば大丈夫だ。そう、堂々と。開き戸には網入りの摺りガラスが嵌められており、他所の家の風呂場みたいな、排他的な雰囲気が漂っている。僕は二度、胸の中身を治安の悪い歓楽街裏の、薄汚れた空気と取り換えるようにして、ドアノブに手をかけた。
 みぃ、と嫌な音が鳴って扉が開く。ささやかな冷気。鼻をツンと刺すような薬っぽい匂い。壁にズラリと並んだ”商品”が発するものだ。
 迷彩柄のジャケットが、木人椿のようなへんてこなラックにかけられている。他にはヘルメット、肩章、ホルスターが森のように僕の前に立っている。奥にはカウンターがあり、そこでは店主らしき老いた男が雑誌を読んでいた。表紙には水着姿の女性が載っている。
「らっしゃい……おやおや、可愛いお客じゃねえの」
 店主は新聞紙を丸めるみたいな声で挨拶をした後、いやらしく口元を歪めた。これ、もしかしなくても、高校生なのバレバレじゃん! しかし焦りは禁物だ。僕は「どうかしましたか?」となるだけ堂々とした態度を心がける。
「いいや、何でも。オレだって若ぇ頃はヤンチャだった」店主は雑誌を置いてこちらに向き直った。「タマかい、ガワかい?」
「ガワです」僕は淡々と答えた。通報はされなさそうだし、取引もしてくれそうだ。安心した僕はカバンを下ろしてポーチを取り出す。「これ、壊しちゃったんです。あわよくば直してもらえないかなって」
 店主は僕からポーチを受け取ると、中身を引きずり出した。──短銃、M1911。両手に収まる程度のサイズの、鉄っぽいピストル。店主は細い銃身を、手袋を嵌めた右手で摘まみ上げ、眉を顰めた。
「おいおい、これ興奮してやたらめったらに撃っただろ、熱で銃身が曲がってる。ピストルなんてそうそう歪まねぇぞ。手入れは良くされてるが……ああサプレッサーもダメになってるじゃねえか、修理は無理だ」
「ダメですか」
「こんなにいかれてちゃあ取り替えられねえ。お前の頭もだぞ、依存するぜ、お前。買い替えるなら軽めのにしろ」
 店主は文句をずばずばと放つ。これが低評価レビューの原因なのだろう。銃を軽く見ただけで、全てが図星であるから、腕は良いらしく思える。
「すみません、おすすめとかありますか」
「どうせ大した金持ってないだろ? こいつにしときな、軽くて安くて頑丈、ウチで取り扱ってる中じゃな」
 店主は一丁の拳銃を滑らせるようにして取り出した。銃身が細い、パーツも少なく感じる。
「スターム・ルガーmk2……本体一万八千円、弾は.22LR。ワンケース二十四発で七百二十円」
「それ買います」
「早えよ。サプレッサー五千八百円も合わせて合計二万四千五百二十円。あと、ガキに保険は付けねえぞ」
「サプレッサー要らないです」
 店主は掌を机に叩き付けた。バン、と大きな音が鳴る。
「バカが! 寝言は寝て言え。ガキの分際で発砲中毒(トリガーハッピー)なって人生終わらせたいのか。いやまあ、こいつはイヤマフ無しでも撃てるがな。若ぇやつは我慢しろ。あと、使い方は自分で調べろよ」
「……わかりました。弾は四ケースで」
「ワンケースごとに買いに来い。じゃなきゃ売らねえ。絶対にだ。さもないと、お前は確実に中毒になる」
 む、この店主、頑固だな。大人の責任を感じているのだろうか。僕は表情で従順を示したが、店主はまだ納得がいっていないようだった。
「発砲中毒にならなきゃいいってもんでもねえぞ、最近の若ぇのは銃を扱うってことの意味をわかっちゃいねえ。銃を持ってる他のやつにも関わるんじゃねえぞ、銃ってのはなあ……」
 このままいると説教が続きそうだ。僕は手早く財布からお札を出して「これでお願いします」と言った。店主はムッとした顔のまま受け取る。お札は鉄の塊になって、紙袋の中に眠った。レシートは断るつもりだったが、そもそも発行されなかった。
「射撃場あります?」
 僕はお釣りを財布にしまいながら、なるべく目を合わせないように聞いた。こんなところに来てまで疚しさを抱いているなんて、馬鹿らしいけど。
「知らねえけど、みな踏切の方に行くぜ」
 店主はドアの方を顎で指した。僕は軽く会釈をして、紙袋をリュックサックにしまった。ドアを開く。弾だけなら別のところで買えば良いし、多分、もう来ないかなぁ、なんて思いながら。
「なんでウチには変なガキが来るのかねぇ……」
 カラスの鳴き声に混ざって店主がそう呟いた気がした。



 店からほど近い踏切の傍には、米印に『地下鉄ではありません。It is not a subway.』の表記がでかでかと書かれたボードがあった。もはや射撃場の目印となりつつあるそれの隣には、地下へと下る階段がある。地下には大きな排水溝、その先には独りぼっちの自動改札機があった。これじゃあ地下鉄と間違われるよなあと思う。カードをかざすとヒヨコの鳴き声がして、モニタに「300」と表示された。
 射撃場特有の、カウンターが異常に広いラーメン屋のような独特な造り。ボーリング場が近いだろうか? 放たれた銃弾は壁に弾かれ、坂に沿って手前に転がってくる。銃弾は回収され、リサイクルされるらしい……しかし、ここの射撃場は普段使っている場所と比べると、ずいぶん劣悪だ。放っておかれた空き缶に吐き捨てられたチューインガム。射撃場の隅には薄青色をしたコンドームの抜け殻が捨てられていた。射撃場には必ずカメラがあって、管理会社が監視しているはずなのだけれど。
 リュックサックを置き、紙袋から銃を取り出す。溶剤臭い、油の香りも。手入れは十分にされているので、すぐにでも撃てるだろう。
 黒い骨が絡まりあった構造は、緻密に計算された魔法のようにも、安価に模られたからくりのようにも、両手を組んだ祈りの手にも見える。弾丸の中には一瞬が詰め込まれている。寿命にして、明らかに短すぎるそれは、本来の目的を隠している。永遠の形をしていた子種が、ゴムの中で力尽きるように。
 僕が若くして発砲にハマってしまったのに、理由を付けるとするなら、爺ちゃんの影響が大きい。僕が裏山で遊んでいた時、ツキノワグマに遭遇して子供ながらに死を覚悟したところを、パァンと乾いた音と共に、爺ちゃんが一発で助けてくれたのを覚えている。
 銃は、かつては嗜好品ではなく武器として活躍していたそうだ。快楽を感じる銃声、射撃という行為は、あくまで副産物に過ぎなかったのだとか。僕が教科書で学んだような兵器に比べれば、可愛いものに思えるけれど、爺ちゃんは銃の、今は失われた武器としての使用方法を心得ていたのだ。
 僕はあの経験がとても貴重なものに思えて、あれ以来銃という存在になんとなく憧れて生きてきた。爺ちゃんは僕に「銃は危険だから触るな」と言い聞かせてきた。何度も。それって、ネットとかで話題になる、おかしな人と言っていることが同じだ。駅前で「銃は規制するべきだ!」なんて叫んでいる、おかしな人と、爺ちゃんが一緒だなんて僕は思いたくない。
 パンッ。
 風船が割れるみたいな音。
 やっぱり銃声が小さい。ただでさえ小さなピストルに、イヤプラグとサプレッサーを付けているのだから当然だ。続けてパン、パンと二発撃つ。イヤプラグの曲面に阻まれた、わずかな残響だけが弱い快楽になって僕の脳みそを浸した。
 悪くはない、けど……
 僕はイヤプラグを外した。呼吸音だけの世界に雑音が戻ってくる。発砲中毒になるのは怖いけど、これくらいなら大丈夫だと思う。今回は六発で止めるとして、あと三発は満足のいく発砲を──
「悪いんだ」
 そりゃ、僕は大層驚いた。こんな辺鄙な場所に、昼間から人が来るだなんて思わなかったし、話しかけられるなんて考えてすらいなかった。振り返ると、赤いリボンが目に入った。続いて白いワイシャツ、学生服。長い髪、薄紅の唇……女性。学生で女性! いつの間に、撃つのに夢中で改札の音に気が付かなかった。
「実弾は、周りの人の健康に大きな被害をもたらす可能性があります」
 女は人差し指を立てると、わざとらしく抑揚をつけて述べた。
「望まない被弾を増やさない為にも、射撃場以外での発砲を控えましょう」
 続けて、中指を立てた。
「また、二十歳未満の者の発砲は法律で禁じられています」
「何が言いたいの」
 薬指が立つのと同時に、僕は口を開いた。この目的も何も良くわからない女をどかす方法を考えながら。女は肩を竦めた。
「かっこいい文章だよね、カリギュラ的に。そう思わない?」
 銃弾ケースに書いてある注意書きの事が、だろうか。大して気にしたことはないが、言われてみれば、かっこいいのかもしれない。
「少しだけ思うかも」
「じゃあ気が合いそう」
 女はカバンから分厚い英単語帳を取り出すと、表紙を捲り……手品みたいに真っ黒な拳銃を取り出した。本を刳り貫いて隠しているのか? 僕なんかより、ずっと銃に慣れている。
「かっこいいでしょ、グロックっていうの」
 女が銃を見せつける。シンプルな形状で、黒一色の素朴なデザインだったが、どこか洗練された、艶やかな印象を受ける。女の人って、もっと可愛いのを持っているイメージがあった。本に銃を隠していることといい、なんだか……もしかして、これが「わかってる奴」なのだろうか。
「なんか、渋いね」
「でしょ。そこが逆にさ、良いっていうか」
「わかるかも」
「君のも良いじゃん、ルガーでしょ、それ」
「さっき買ったんだよね」
 持っている銃を褒められるというのは、何だか悪い気はしない。特に、女の人にというのは。あまり詳しくないけれど、愛用する銃ごとに偏見があったりするらしいし、つまるところ、僕はすでに、この女をなんとなしに許してしまっていた。
「ねぇ、それ。撃ってみてもいい?」
 女が僕の銃を指さしたので、僕は無言で渡す。弾には限りが~なんて言うのは情けない気がした。女は「ありがと」と言って、射撃場の奥へ銃を構えた。脚をしっかりと開き、上半身を前のめりにしている。素人目に見ても綺麗な構えだった。「撃つね」
 パン。
 サプレッサーから漏れ出た空気の波は、イヤプラグをしていなくても大した音ではなかったけれど、それでも先ほどとは違った快楽があった。基本的に、他人の銃声はあんまり気分の良いものではないはずなのだが、自分の銃であるというのもあいまってか、不思議な高揚感が溢れ出した。残響が耳から消えるころ、女はゆっくりとこちらを見て「ふう」と息をついた。頬がほんの少し紅潮していた。
「自分のじゃない銃で発砲をするのって、なんだかドキドキするね」
「僕もそう思う。いつもと全然違う感じがした。なんか、胸が満たされる感じ」
 僕が同調すると、女は嬉しそうに続けた。
「ほんと、こんな素敵なことを大人が独り占めにするなんてさ、どう思う?」
「そうだよね、気を付ければ危険でもなんでもないし。一回、学校にバレたことがあるんだけど凄く怒られてさあ!」
「私は上手く隠せてるんだ、そういうの得意で」
「へぇ、凄いなあ」
 自覚できるくらいにテンションが上がってしまって、僕はそれがちょっと恥ずかしかったけど、それ以上に嬉しかった。同じ楽しみを共有できているのが。田舎から越してきて以来、あまり他人と話さなかったからだ。
「ねぇ、私さ、秘密のやりかた知ってるの、もっとすごいやつ」
 女はいたずらっぽい笑みを浮かべて、声を潜めて言った。
「秘密の?」
「うん、やってもいい?」
 僕はコクコクと頷いた。どんな方法なのだろうか、気になる。
「私ね、今のもね、凄く良かったけど、これだけじゃ、まだ足りないの。銃を撃つのって、凄く孤独な感じ。寂しいって言うか、冷たいって言うか、ピースが欠けてる感じ」
 女は僕に向き直った。
「目、瞑って」
 一体何を──想像するよりも先に僕は目を閉じた。
「だから……さ。何が足りないのかな、どうすればいいのかなって、考えてたの。最近ね、わかったんだ」
 暗闇の中、聴覚で女を追う。心臓がドクドクと高鳴る。
「私が本当に欲しかったのは、コミュニケーション」
「熱っ」
 手のひらに、火傷の痛み。発砲直後の銃身に触れた時のような。
 直後、全身を、筋肉を伸ばした時の、ぐーんという感覚を、なんびゃくばいにもしたみたいな感覚が襲った。全身の血液が脳味噌のように真っ白になってしまった。体が痺れて立っていられない。何をされたんだ。
 目を開けると、彼女は僕に銃を向けていた。サプレッサーの先端からは、硝煙が昇っている。
「銃ってね、シコウ性を持っているの」
 どっちの? とは聞けなかった。全身の関節が笑って、顎も動かなかった。
眼球から力が抜け、視界がずり落ちる。映し出された僕の手元は、クマの毛並みのように真っ黒で、凹凸のないものだった。熱い、やられた、やられたんだ。銃が武器だったころの、本来の使い方で、手を攻撃されたんだ。知ってるんだ。この女は。
「ねぇ、今、凄く気持ちいいでしょ」
 ふざけるな、何を考えているんだ。そう叫びたかったが、僕の体のどこかが首肯した。
 それを知ってか知らずか、女は満足気に頷く。
「私も凄く気持ちいい、最高の気分。わかったでしょ、銃は”向けるもの”。本来はね、自分を満たすものじゃなくって……与えるものだったの」
 女は細い指先にハンカチを纏って、サプレッサーをくるくると回し、取り外した。
「一応言うけど、カメラは壊れてるよ。税金で持ってる施設なのに、怠惰だよねー」
 バン、と、今回はハッキリ聞こえた。同時に胸が熱くなる。焼ける。僕の体の、全てのスイッチが一か所に集まった、大事な場所の上で、ボールを転がしたみたいな、そんな、圧倒的な信号が僕を粉々にする。視界が明滅する。耳鳴りがする。痛い、痛い、痛い、いたい!
 女は花でも摘むみたいにして、僕の額に銃口を向ける。
 避けなきゃ、何を? このままじゃ、穴が、僕の体に、空洞が、塞がって、満たされる。言葉は血の塊になって零れる。
「じゃあね、おやすみ」
 ぐるぐるぐるぐるぐるぐるリボルバーみたいに頭が回って、全部を繰り返す。走馬灯ってのは過去の記憶から助かる方法を探しているらしい。なんてのんきに、喉の奥がぐつぐつと煮え滾る。救済を求めて足掻いている。老いぼれた店主の言葉と、爺ちゃんの顔が重なる。銃は危険で、安全で、関わるな、初めて銃を見た、裏山での出来事。斃れたツキノワグマの、濁った瞳。指向性。コミュニケーション。サディスティック。墾田永年私財法。
 かちゃり、と、ピースが嵌る感覚。
 そうか、僕が、憧れていたのは、ツキノワ グ  マ   の    ほ
あっついなっす
v狐々
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コメント



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1.90鬼氏削除
死ぬことないじゃん。と思いました。撃たれる快感の触りだけ伝えられれば、この男は勝手にロシアンルーレットを始めた気がします。あとグロックじゃなくてベレッタかデザートイーグルにして欲しいです。グロックは優等生!
3.80mln削除
I feel unclear emotion