「しまった、終電を逃した!取材に疲れた自分にご褒美だってあの時もう一杯ビールを頼まなきゃ良かった……。」
普通なら終電を逃してしまっても近くのホテルで始発まで待てば良いのだがこの駅はあいにくにも一日1本しか電車が来ない上にカプセルホテルさえも存在しないような田舎なのである。
今回辺境の農村を主題にした小説を書くためにこのK村へ取材に来た訳なのだが、そこで見るからに洒落ていた雰囲気の居酒屋を見つけたのでつい飲み過ぎてしまったところ、他には誰もいないような土地でぶらぶらと彷徨う羽目になってしまったのだ。
「さて、どうしたものか。こんなところにホテルもあるわけはないしさっきの居酒屋は出る時にもうすぐ閉店時間だったしなぁぁ。」
当てもなく歩いていると一軒の民家を見つける。
「まだ灯りがついているな……尋ねてみるか。」
そのまま木製の扉をノックすると一人のおじいさんが出てくる。
「おや、ここら辺では見ない顔の者だな……。帰れなくなった人か?」とゆったりとした口調で男性は聞いてくる。
「はい……実はそうなんです。」
「そうか、なら泊まっていくといい。うちはばあさんとわししかいないし、空き部屋も1つあるからな。」
時間は既に22時近く。80に近いように見える老夫婦が起きているのも不思議だったが、今はそれよりも甘えられるものに甘えておきたいという気持ちが勝ち、泊めてもらうことにした。
「珍しいな……この家、釜風呂だ。」
銭湯などでしか見たことのない釜風呂がお風呂場に置いてあるのを見て、ワクワクしながらお風呂を堪能する。
スッキリできたところで予備のために持ってきていた服に着替えて空き部屋に敷いてもらった布団へと潜り込む。
「ここだけ少し前の世界にタイムスリップしたみたいだ……。昔、教科書で見たような家の構造をしている。」
いくら辺境の農村とは言えどもコンクリート作りの家ばかりだが、この家だけは木製の家で他とは違った空気が漂っている。
「実はここの家の2人が幽霊とかはあり得るか……?もしそうなら、いい題材になるからこっそり調べてみたいんだよなぁ。」
そんな馬鹿みたいな期待をしながらも、とりあえずは今日K村で得たインスピレーションを持ってきていたノートにメモをし、次の連載に載せるための書き出しの文章を試し書きしてみる。
「あれ、こんな所にシミが……。この原稿用紙、いつの間にか汚れてしまったか。ここの部分を避けて原稿の案を下書きしておこう。締切は来週だしな。」
少し文章を書いていると部屋の襖がゆっくりと勝手に開き、冷たい風を部屋の中へと吹き入れさせてくる。
「ん?ここの家の人がボケて部屋を間違えたか……?」少し襖の間から様子を見ようと顔を出した瞬間に襖が勝手に閉まり初め間一髪頭を引いたので大丈夫だったが少し遅かったら襖に首が挟まって絞められていただろう。
「どうなってるんだこの家は……。興味が湧いてきたぞ。」
襖を自分の手で開け、この家に住んでいるというおじいさんおばあさんの部屋をこっそりと開けると、2人は布団に入ったままぐっすりと寝息を立てて寝ている。
「この2人は何故ずっとこんな古い家で暮らしているんだろうか……。段差もあるし足腰には来るはずなのに。」
そっと襖を閉めて隣の炊事室へと向かうと釜に勝手に火が付き、この家の壁に燃え移らないか心配になる様な勢いで燃え始める。
急いで水をかけたのでどうにか火は消えたがいくらなんでも不可解すぎることが先程から連発しており、面白いネタになりそうと感じている僕の心は完全にこの家の虜になっていた。
「この家に締切ギリギリまで過したい……ははは!これはいいインスピレーションになるぞ!はは、ははは!」
僕はまた明日色々とこの家を調べてみたいと思いながら布団で眠りに着き、次の朝を迎えた。
朝、炊事室ではおばあさんがお米を炊き、味噌汁を作っていた。
朝ごはんはご飯と味噌汁、そしておじいさんが近くの川で取ってきた鮭だった。
「あの、今日もこちら泊めさせて頂いてもよろしいですか、ふへへ……。」
僕は2人にそう訪ねると2人は一瞬顔を歪ませた後で、ニコニコしながら頷いてくれた。
その日の晩、また僕はわざと顔を襖の間から出して襖が動き出すのを待ってから行動を始めた。
今日はまずは脱衣所とお風呂場へと向かう。
お風呂場では勝手に釜風呂にお湯が供給されており、こっそり夜風呂を堪能した後でお風呂のお湯の栓を抜いた。
「ふへへ、これも、あれも、インスピレーションだ……。最高だよ、K村ァ!」
僕はそのままその日は寝ずに、おじいさんとおばあさんの部屋以外の全てを探索した。
次の日の朝、日が昇る前に部屋の中へ戻り寝たフリをしていたが、いつもはする炊事の音がしない。
不審に思って炊事室へ向かうと誰もいないのでおじいさんとおばあさんの寝室に向かうと2人は居らず、代わりに書置きがあった。
「この家はご自由にお使いください。」
初めは嬉しかったのでゆっくり文章を書きながら過ごしていたが、編集部には連絡を入れなきゃと思い連絡をしようとするも圏外だったので電波の通じるあの居酒屋の所まで行こうと玄関を開け、居酒屋の方へ向かおうとするも途中で見えない壁にぶつかり、進めなくなる。
「あれ、どうしてだ。進めないぞ!ここの先からしか電波は通じないのに。いや、待てよ、まさか!」
僕は急いで木造の家に戻ると裏口を開け、川の方へと向かう。
川はとある所を境に、舗装されている川へと変化している。
「やはりか!ここだけ空間が過去に取り残されている……。そしてここを2人は脱出する機会を探していて僕はそれにまんまと嵌められたという訳か!?」
創作インスピレーションの塊だと思い2日間泊まったこの家だが、僕は完全にこの家と共に過去の空間に取り残されてしまったと言っても過言では無い。
「朝の2人の歪んだ顔は良心が悩んでいたのか……。」
僕はそのまま家からどうにかして外に出る手段が無いか、探し始めた。
下水に助けを求めるメッセージを書いた小瓶を流している、川を泳いで下るなど色々したが全て見えない壁が拒んできた。
最初の数週間は沢山のネタが手に入り、原稿も捗り、謎の力によるイタズラにも慣れてきたのだが、流石に数ヶ月も経つとネタが切れてしまった。
食材がどこかから勝手に発生してきて料理が出来上がるのはありがたいが、流石にそろそろ限界だ。
「ミイラ取りがミイラになると言うことわざがあるがその通りかもしれない……。僕はインスピレーションに囚われすぎてこの家に完全に閉じ込められてしまった訳だな。ここの世界もやっぱり見たことが無い事が多かったが、流石にもうインスピレーションは得られないな……。」
更に数ヶ月経ち、原稿も書けるだけ書き切ってしまって暇を持て余して寝そべっていると、家のドアをノックしてくる人がいた。
その人も僕と同じように終電を逃してしまった人のようで、ここで泊まらせてほしいとのことだった。
「どうぞ、どうぞ。こんなに古い家でもいいなら、是非とも泊まっていってください!」
僕は完全にこの人をこの家に閉じ込める気持ちで、いつもにないほどに丁寧に接客をする。
その日の夜、僕は客人が寝た後で壁のあった場所へ向かい、通れるかを確かめてみた。
体はその壁があったところをスッと通り抜け、そのまま居酒屋の方へと向かっていくことができた。
その瞬間に携帯が、まるで数年間連絡をとっていなかったかのように大量の着信音を鳴らし始める。
「やれやれ、この大量の原稿をそれぞれの会社に謝りながら配りに行かなきゃみたいだな……。まだ電車までは時間がある。少し駅の周りでで時間を潰すとしよう。」
最後に駅の周りで少し取材をした後で僕は電車に乗り込み、K村を去る。
電車からは、あの木製の家が一瞬見えた。
「さようなら、K村。僕のインスピレーションを嫌という程かきたたせてくれた君には感謝しているよ。あり過ぎて困った位だ。ただ申し訳ないけれどもう二度と来たくはないな。」
木製の家は一瞬で通り過ぎてしまい、またコンクリート造りの家が次々と電車の窓から見えていた。
午前4時58分。電車内のニュースは、とある著名作家が行方不明になってから数年が経つというニュースがずっと流れていた。
普通なら終電を逃してしまっても近くのホテルで始発まで待てば良いのだがこの駅はあいにくにも一日1本しか電車が来ない上にカプセルホテルさえも存在しないような田舎なのである。
今回辺境の農村を主題にした小説を書くためにこのK村へ取材に来た訳なのだが、そこで見るからに洒落ていた雰囲気の居酒屋を見つけたのでつい飲み過ぎてしまったところ、他には誰もいないような土地でぶらぶらと彷徨う羽目になってしまったのだ。
「さて、どうしたものか。こんなところにホテルもあるわけはないしさっきの居酒屋は出る時にもうすぐ閉店時間だったしなぁぁ。」
当てもなく歩いていると一軒の民家を見つける。
「まだ灯りがついているな……尋ねてみるか。」
そのまま木製の扉をノックすると一人のおじいさんが出てくる。
「おや、ここら辺では見ない顔の者だな……。帰れなくなった人か?」とゆったりとした口調で男性は聞いてくる。
「はい……実はそうなんです。」
「そうか、なら泊まっていくといい。うちはばあさんとわししかいないし、空き部屋も1つあるからな。」
時間は既に22時近く。80に近いように見える老夫婦が起きているのも不思議だったが、今はそれよりも甘えられるものに甘えておきたいという気持ちが勝ち、泊めてもらうことにした。
「珍しいな……この家、釜風呂だ。」
銭湯などでしか見たことのない釜風呂がお風呂場に置いてあるのを見て、ワクワクしながらお風呂を堪能する。
スッキリできたところで予備のために持ってきていた服に着替えて空き部屋に敷いてもらった布団へと潜り込む。
「ここだけ少し前の世界にタイムスリップしたみたいだ……。昔、教科書で見たような家の構造をしている。」
いくら辺境の農村とは言えどもコンクリート作りの家ばかりだが、この家だけは木製の家で他とは違った空気が漂っている。
「実はここの家の2人が幽霊とかはあり得るか……?もしそうなら、いい題材になるからこっそり調べてみたいんだよなぁ。」
そんな馬鹿みたいな期待をしながらも、とりあえずは今日K村で得たインスピレーションを持ってきていたノートにメモをし、次の連載に載せるための書き出しの文章を試し書きしてみる。
「あれ、こんな所にシミが……。この原稿用紙、いつの間にか汚れてしまったか。ここの部分を避けて原稿の案を下書きしておこう。締切は来週だしな。」
少し文章を書いていると部屋の襖がゆっくりと勝手に開き、冷たい風を部屋の中へと吹き入れさせてくる。
「ん?ここの家の人がボケて部屋を間違えたか……?」少し襖の間から様子を見ようと顔を出した瞬間に襖が勝手に閉まり初め間一髪頭を引いたので大丈夫だったが少し遅かったら襖に首が挟まって絞められていただろう。
「どうなってるんだこの家は……。興味が湧いてきたぞ。」
襖を自分の手で開け、この家に住んでいるというおじいさんおばあさんの部屋をこっそりと開けると、2人は布団に入ったままぐっすりと寝息を立てて寝ている。
「この2人は何故ずっとこんな古い家で暮らしているんだろうか……。段差もあるし足腰には来るはずなのに。」
そっと襖を閉めて隣の炊事室へと向かうと釜に勝手に火が付き、この家の壁に燃え移らないか心配になる様な勢いで燃え始める。
急いで水をかけたのでどうにか火は消えたがいくらなんでも不可解すぎることが先程から連発しており、面白いネタになりそうと感じている僕の心は完全にこの家の虜になっていた。
「この家に締切ギリギリまで過したい……ははは!これはいいインスピレーションになるぞ!はは、ははは!」
僕はまた明日色々とこの家を調べてみたいと思いながら布団で眠りに着き、次の朝を迎えた。
朝、炊事室ではおばあさんがお米を炊き、味噌汁を作っていた。
朝ごはんはご飯と味噌汁、そしておじいさんが近くの川で取ってきた鮭だった。
「あの、今日もこちら泊めさせて頂いてもよろしいですか、ふへへ……。」
僕は2人にそう訪ねると2人は一瞬顔を歪ませた後で、ニコニコしながら頷いてくれた。
その日の晩、また僕はわざと顔を襖の間から出して襖が動き出すのを待ってから行動を始めた。
今日はまずは脱衣所とお風呂場へと向かう。
お風呂場では勝手に釜風呂にお湯が供給されており、こっそり夜風呂を堪能した後でお風呂のお湯の栓を抜いた。
「ふへへ、これも、あれも、インスピレーションだ……。最高だよ、K村ァ!」
僕はそのままその日は寝ずに、おじいさんとおばあさんの部屋以外の全てを探索した。
次の日の朝、日が昇る前に部屋の中へ戻り寝たフリをしていたが、いつもはする炊事の音がしない。
不審に思って炊事室へ向かうと誰もいないのでおじいさんとおばあさんの寝室に向かうと2人は居らず、代わりに書置きがあった。
「この家はご自由にお使いください。」
初めは嬉しかったのでゆっくり文章を書きながら過ごしていたが、編集部には連絡を入れなきゃと思い連絡をしようとするも圏外だったので電波の通じるあの居酒屋の所まで行こうと玄関を開け、居酒屋の方へ向かおうとするも途中で見えない壁にぶつかり、進めなくなる。
「あれ、どうしてだ。進めないぞ!ここの先からしか電波は通じないのに。いや、待てよ、まさか!」
僕は急いで木造の家に戻ると裏口を開け、川の方へと向かう。
川はとある所を境に、舗装されている川へと変化している。
「やはりか!ここだけ空間が過去に取り残されている……。そしてここを2人は脱出する機会を探していて僕はそれにまんまと嵌められたという訳か!?」
創作インスピレーションの塊だと思い2日間泊まったこの家だが、僕は完全にこの家と共に過去の空間に取り残されてしまったと言っても過言では無い。
「朝の2人の歪んだ顔は良心が悩んでいたのか……。」
僕はそのまま家からどうにかして外に出る手段が無いか、探し始めた。
下水に助けを求めるメッセージを書いた小瓶を流している、川を泳いで下るなど色々したが全て見えない壁が拒んできた。
最初の数週間は沢山のネタが手に入り、原稿も捗り、謎の力によるイタズラにも慣れてきたのだが、流石に数ヶ月も経つとネタが切れてしまった。
食材がどこかから勝手に発生してきて料理が出来上がるのはありがたいが、流石にそろそろ限界だ。
「ミイラ取りがミイラになると言うことわざがあるがその通りかもしれない……。僕はインスピレーションに囚われすぎてこの家に完全に閉じ込められてしまった訳だな。ここの世界もやっぱり見たことが無い事が多かったが、流石にもうインスピレーションは得られないな……。」
更に数ヶ月経ち、原稿も書けるだけ書き切ってしまって暇を持て余して寝そべっていると、家のドアをノックしてくる人がいた。
その人も僕と同じように終電を逃してしまった人のようで、ここで泊まらせてほしいとのことだった。
「どうぞ、どうぞ。こんなに古い家でもいいなら、是非とも泊まっていってください!」
僕は完全にこの人をこの家に閉じ込める気持ちで、いつもにないほどに丁寧に接客をする。
その日の夜、僕は客人が寝た後で壁のあった場所へ向かい、通れるかを確かめてみた。
体はその壁があったところをスッと通り抜け、そのまま居酒屋の方へと向かっていくことができた。
その瞬間に携帯が、まるで数年間連絡をとっていなかったかのように大量の着信音を鳴らし始める。
「やれやれ、この大量の原稿をそれぞれの会社に謝りながら配りに行かなきゃみたいだな……。まだ電車までは時間がある。少し駅の周りでで時間を潰すとしよう。」
最後に駅の周りで少し取材をした後で僕は電車に乗り込み、K村を去る。
電車からは、あの木製の家が一瞬見えた。
「さようなら、K村。僕のインスピレーションを嫌という程かきたたせてくれた君には感謝しているよ。あり過ぎて困った位だ。ただ申し訳ないけれどもう二度と来たくはないな。」
木製の家は一瞬で通り過ぎてしまい、またコンクリート造りの家が次々と電車の窓から見えていた。
午前4時58分。電車内のニュースは、とある著名作家が行方不明になってから数年が経つというニュースがずっと流れていた。