テーマ 首
こーくんと二人。こーくんの家のベッドの上で向き合って、お互いに指を絡めて握り合う。少し動くと白いシーツに入った皺が動く。今、二人でいるんだという実感が湧くからその皺すら愛おしく感じる。
「こっち見て」
こーくんに言われて顔をゆっくり上げていく。ベットサイドのランプ以外消して、薄暗くしているからはっきりとは見えない。でも私はわかる。太くて男の子らしい首と喉仏。首の右下辺りにある赤い印。隠そうともしない印が目に入って嫌だけどそのまま顔を上げていく。少し赤い唇。リップを塗っていないのに血色感があってずるい。高くて綺麗な鼻を通り過ぎると目が合った。綺麗な目。吸い込まれてしまいそう。二重で大きいとか、一重で切長だとか特別綺麗なわけではない。けれどその目に囚われて目を離すことができない。握っている手がだんだんと湿っていくような気がした。その時、にこりと彼が笑った。心がはねる。心臓の鼓動が早くなる。血流が回って一気に体が熱くなった。特に顔が一番熱い。思わず目を離すと可愛いなんて言われて、もっと鼓動が早くなってしまう。
「美奈、こっち見て」
今度は名前も呼んでもらえた。心も温かくなった。こーくんを見る。こーくんの顔はさっきよりも近い距離にあった。見つめているとだんだんと距離が縮まって、唇に柔らかい感触が伝わってきた。そして私の上唇を啄むように何回もキスをしてくれた。今まで空いていた穴が埋まっていく。どんどん暖かい気持ちが溢れてしまいそうになる。手もさっきより強く握った。二人の体温が手を通して一緒になっていくのがわかる。
こーくんの唇が私の唇から離れて、顔の距離も遠くなった時だった。
スマホが鳴った。
こーくんの視線は、私から外れて枕元のスマホへと移った。そこには、私のスマホとこーくんのスマホの両方が置いてある。でも見なくてもこーくんのスマホが鳴ったことが私には分かった。だって、私は、この部屋に来て一番最初に電源を切ったから。
こーくんの左手は、私の右手から離れた。そして、画面を見たこーくんはごめんと言って電話に出た。
「もしもし」
そう言う声は、私と話している時よりも少し低くて嬉しそうだった。横顔がさっきよりも笑ってる。私が見たことない顔をその電話の相手には向けるらしい。ずるい。どうせ、きっと、彼女だ。こーくんの彼女は、可愛くて優しい。この前なんて、何もないところで転んだドジっ子らしい。こーくんが時々私に彼女の自慢をしてくるから知ってる。私だってやろうと思えば、何もないところで転べるのに。結婚したいとか言ってたよね。まだ大学生のくせに。いいなぁって思っちゃう。
今、こーくんの視界に私はいない。さっきまで温かかった心が冷えていく。埋まり始めた心の穴がまた広がっていく。少しでもこっちを気にかけて欲しいから、つながったままの左手に軽く握ってみた。けれど、こーくんは、握り返してくれない。幸せそうに笑って、壁を見てる。横顔しか見えない。
──こっち見て
こーくんがさっき言ってくれたみたいに私も言いたかった。でも言えなかった。私が今ここで声を出して彼女に私の存在がバレたら、きっとこーくんは私のことが嫌いになる。声は出せなかった。本当は、二人が別れて仕舞えばいいと思っている。けれど声は出なかった。
「じゃあ、また明日ね」
電話が終わったらしい。こーくんはありがとう。ごめんねって言って私を抱きしめた。こーくんの胸に顔を埋める。少し抱きしめられただけでさっきまで広がり続けていた心の穴がまた埋まっていく。我ながら、ちょろいなって思う。こーくんの胸を押して離れた。そして今度は私がこーくんの首に手を回してぎゅっと抱きしめる。首に回した手の位置は背中へと移り、首と首が触れ合った。首の柔らかい感触が手よりも高い温度を伝えてくる。
「寂しくなっちゃった?」
「うん」
「ごめんね」
こーくんは私を再び優しく抱きしめた。
私は、こーくんが好き。首も唇も鼻も目も好き。一番好きなのは、その優しい声で私の名前を呼んでくれること。けれど、この首の赤い印は嫌い。こーくんは隠そうともしないから、私は特別じゃないって言われているようなものだって分かってる。さっきの電話のときも私のことなんて一度も見てくれなかった。でも、好き。本命じゃないと分かっていても会うことを私はきっと辞めることができない。けれどやっぱり彼女が羨ましい。こーくんには嫌われたくないけど、私のものになってくれたらいいのに。
こーくんの首から離れて、こーくんの首をまじまじと見る。右側の首筋を耳の下から赤い印まで人差し指でスーッとなぞっていく。くすぐったいよ。なんていう声は無視してなぞった。そして赤い印に指がたどり着く。心に湧き立つこのどろっとした気持ちが嫌だ。首筋は愛おしいのに、この印は愛おしくない。消してやりたい。きっと後で怒られるのを私は分かっていた。けれど。
私は、その印の上からこーくんの首に噛み付いた。
こーくんと二人。こーくんの家のベッドの上で向き合って、お互いに指を絡めて握り合う。少し動くと白いシーツに入った皺が動く。今、二人でいるんだという実感が湧くからその皺すら愛おしく感じる。
「こっち見て」
こーくんに言われて顔をゆっくり上げていく。ベットサイドのランプ以外消して、薄暗くしているからはっきりとは見えない。でも私はわかる。太くて男の子らしい首と喉仏。首の右下辺りにある赤い印。隠そうともしない印が目に入って嫌だけどそのまま顔を上げていく。少し赤い唇。リップを塗っていないのに血色感があってずるい。高くて綺麗な鼻を通り過ぎると目が合った。綺麗な目。吸い込まれてしまいそう。二重で大きいとか、一重で切長だとか特別綺麗なわけではない。けれどその目に囚われて目を離すことができない。握っている手がだんだんと湿っていくような気がした。その時、にこりと彼が笑った。心がはねる。心臓の鼓動が早くなる。血流が回って一気に体が熱くなった。特に顔が一番熱い。思わず目を離すと可愛いなんて言われて、もっと鼓動が早くなってしまう。
「美奈、こっち見て」
今度は名前も呼んでもらえた。心も温かくなった。こーくんを見る。こーくんの顔はさっきよりも近い距離にあった。見つめているとだんだんと距離が縮まって、唇に柔らかい感触が伝わってきた。そして私の上唇を啄むように何回もキスをしてくれた。今まで空いていた穴が埋まっていく。どんどん暖かい気持ちが溢れてしまいそうになる。手もさっきより強く握った。二人の体温が手を通して一緒になっていくのがわかる。
こーくんの唇が私の唇から離れて、顔の距離も遠くなった時だった。
スマホが鳴った。
こーくんの視線は、私から外れて枕元のスマホへと移った。そこには、私のスマホとこーくんのスマホの両方が置いてある。でも見なくてもこーくんのスマホが鳴ったことが私には分かった。だって、私は、この部屋に来て一番最初に電源を切ったから。
こーくんの左手は、私の右手から離れた。そして、画面を見たこーくんはごめんと言って電話に出た。
「もしもし」
そう言う声は、私と話している時よりも少し低くて嬉しそうだった。横顔がさっきよりも笑ってる。私が見たことない顔をその電話の相手には向けるらしい。ずるい。どうせ、きっと、彼女だ。こーくんの彼女は、可愛くて優しい。この前なんて、何もないところで転んだドジっ子らしい。こーくんが時々私に彼女の自慢をしてくるから知ってる。私だってやろうと思えば、何もないところで転べるのに。結婚したいとか言ってたよね。まだ大学生のくせに。いいなぁって思っちゃう。
今、こーくんの視界に私はいない。さっきまで温かかった心が冷えていく。埋まり始めた心の穴がまた広がっていく。少しでもこっちを気にかけて欲しいから、つながったままの左手に軽く握ってみた。けれど、こーくんは、握り返してくれない。幸せそうに笑って、壁を見てる。横顔しか見えない。
──こっち見て
こーくんがさっき言ってくれたみたいに私も言いたかった。でも言えなかった。私が今ここで声を出して彼女に私の存在がバレたら、きっとこーくんは私のことが嫌いになる。声は出せなかった。本当は、二人が別れて仕舞えばいいと思っている。けれど声は出なかった。
「じゃあ、また明日ね」
電話が終わったらしい。こーくんはありがとう。ごめんねって言って私を抱きしめた。こーくんの胸に顔を埋める。少し抱きしめられただけでさっきまで広がり続けていた心の穴がまた埋まっていく。我ながら、ちょろいなって思う。こーくんの胸を押して離れた。そして今度は私がこーくんの首に手を回してぎゅっと抱きしめる。首に回した手の位置は背中へと移り、首と首が触れ合った。首の柔らかい感触が手よりも高い温度を伝えてくる。
「寂しくなっちゃった?」
「うん」
「ごめんね」
こーくんは私を再び優しく抱きしめた。
私は、こーくんが好き。首も唇も鼻も目も好き。一番好きなのは、その優しい声で私の名前を呼んでくれること。けれど、この首の赤い印は嫌い。こーくんは隠そうともしないから、私は特別じゃないって言われているようなものだって分かってる。さっきの電話のときも私のことなんて一度も見てくれなかった。でも、好き。本命じゃないと分かっていても会うことを私はきっと辞めることができない。けれどやっぱり彼女が羨ましい。こーくんには嫌われたくないけど、私のものになってくれたらいいのに。
こーくんの首から離れて、こーくんの首をまじまじと見る。右側の首筋を耳の下から赤い印まで人差し指でスーッとなぞっていく。くすぐったいよ。なんていう声は無視してなぞった。そして赤い印に指がたどり着く。心に湧き立つこのどろっとした気持ちが嫌だ。首筋は愛おしいのに、この印は愛おしくない。消してやりたい。きっと後で怒られるのを私は分かっていた。けれど。
私は、その印の上からこーくんの首に噛み付いた。