zorozoro - 文芸寄港

最期を超える春

2024/04/19 03:14:00
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『そして僕は朦朧とした意識の中、最期の言葉を、たった一つの後悔を、笑顔で君に託す。本当に最低で最高だった旅を終えるために。
「君に好かれてしまった」』

 パタン。その音が、私と彼女だけの教室に響いた。
「ん~、めっちゃ面白かった~! ……あ、ごめんなさい」
 読み終えた本を片手に立ち上がり、言葉と共に大きく伸びをした彼女は、私と目が合うと申し訳なさそうに小さな声で謝ってきた。
「ううん、最後にいつものが見れて良かった」
 明るい口調でそう言いながら、私はスカートの上に閉じていた本を、そっと椅子に置き立ち上がった。瞳の端に映る彼女は寂しそうな微笑を浮かべていた。
「それより、どうだった?」
 窓の方へ歩きながら尋ねると、彼女は一転、溌溂とした声で口を開く。
「はい、すごく面白かったです! 流石先輩が一番好きな本ですね! まず主人公が相棒の竜と出会う……」
 今までにない程興奮している彼女の感想を聞きながら、私は窓を開けた。
 穏やかな風と共に流れ込む一片の桜の花弁。それを追いかけ流された私の視線の先には、見慣れた光景が広がっている。
 椅子が二脚向かい合い、それ以外には何もない空き教室。授業も終わり、ここにはもう誰も来ない。いるのはただ、かけがえのない彼女だけ。
 彼女が楽しそうに語る姿が愛おしくて、私は微笑みを浮かべたまま相槌を打つ。
「うん、それは良かった」
「ただ、一つだけ気になるところがあって」
 彼女は持っている本の最後の方のページを開いて視線を落とし、そしてすぐまた私の方を向いて首を傾げた。
「『君に好かれてしまった』って主人公の最期の一言、こんな言い方しなくても良かったのかなって。まるで好かれたくなかったみたいで、寂しいじゃないですか」
「そうだね、彼は忘れてほしかったんだと思う。ここで初めて『君』と呼ばれた相棒の竜は、きっとこの先も独りで生き続ける。そんな彼女を苦しめないように、わざとあんな言葉を使った、と思うよ」
 私の考えを聞いた彼女は黙って俯いていた。その表情は分からない。
 風に靡かれた髪も気にせず、私はただ、じっと彼女の言葉を待つ。
 数秒の沈黙を破ったのは押し殺された嗚咽と、鼻をすする音。
「先輩は……そんなこと、言わないで、くださいね」
 途切れ途切れに、大粒の涙と共に、掠れ声で零れ落ちるその言葉が、私には少し嬉しかった。
「うん、絶対に言わないよ」
 慰めるようにそう言うと、彼女は勢いよく顔を上げこっちを向いた。溢れ出した気持ちで綺麗な顔が台無しになっているのも厭わずに。
「違っ、うんです。そうじゃ、なくてっ、私、女なのに、ずっと、先輩のことがっ」
 きっと竜も悩んでた。実ってはいけないはずの想いで、すべてが崩れるのを。
「うん、分かってる」
 きっと彼も知っていた。彼女の想いと、それを受け入れた先を。
 だから終わらせた。
 でも、私たちは終わりじゃない。
「これからも、よろしくね」
 私は優しくキスをする。お別れと、そして始まりの。


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コメント



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1.100べに削除
えらい。好きすぎる。ご馳走様でした。
2.80削除
柔軟すぎない? すげえ。
3.90v狐々削除
素晴らしい。冒頭の差し込みが技アリ。あまりの成長に後輩と共に俺も涙
4.90鬼氏削除
えーーーーーおもろー良かったわーーー
5.100HandCuff削除
自分の好きな世界をここまで綺麗に作れることに感服。とてもよかった。
6.90削除
去年と違う人みたい。美しかったです。