『そして僕は朦朧とした意識の中、最期の言葉を、たった一つの後悔を、笑顔で君に託す。本当に最低で最高だった旅を終えるために。
「君に好かれてしまった」』
パタン。その音が、私と彼女だけの教室に響いた。
「ん~、めっちゃ面白かった~! ……あ、ごめんなさい」
読み終えた本を片手に立ち上がり、言葉と共に大きく伸びをした彼女は、私と目が合うと申し訳なさそうに小さな声で謝ってきた。
「ううん、最後にいつものが見れて良かった」
明るい口調でそう言いながら、私はスカートの上に閉じていた本を、そっと椅子に置き立ち上がった。瞳の端に映る彼女は寂しそうな微笑を浮かべていた。
「それより、どうだった?」
窓の方へ歩きながら尋ねると、彼女は一転、溌溂とした声で口を開く。
「はい、すごく面白かったです! 流石先輩が一番好きな本ですね! まず主人公が相棒の竜と出会う……」
今までにない程興奮している彼女の感想を聞きながら、私は窓を開けた。
穏やかな風と共に流れ込む一片の桜の花弁。それを追いかけ流された私の視線の先には、見慣れた光景が広がっている。
椅子が二脚向かい合い、それ以外には何もない空き教室。授業も終わり、ここにはもう誰も来ない。いるのはただ、かけがえのない彼女だけ。
彼女が楽しそうに語る姿が愛おしくて、私は微笑みを浮かべたまま相槌を打つ。
「うん、それは良かった」
「ただ、一つだけ気になるところがあって」
彼女は持っている本の最後の方のページを開いて視線を落とし、そしてすぐまた私の方を向いて首を傾げた。
「『君に好かれてしまった』って主人公の最期の一言、こんな言い方しなくても良かったのかなって。まるで好かれたくなかったみたいで、寂しいじゃないですか」
「そうだね、彼は忘れてほしかったんだと思う。ここで初めて『君』と呼ばれた相棒の竜は、きっとこの先も独りで生き続ける。そんな彼女を苦しめないように、わざとあんな言葉を使った、と思うよ」
私の考えを聞いた彼女は黙って俯いていた。その表情は分からない。
風に靡かれた髪も気にせず、私はただ、じっと彼女の言葉を待つ。
数秒の沈黙を破ったのは押し殺された嗚咽と、鼻をすする音。
「先輩は……そんなこと、言わないで、くださいね」
途切れ途切れに、大粒の涙と共に、掠れ声で零れ落ちるその言葉が、私には少し嬉しかった。
「うん、絶対に言わないよ」
慰めるようにそう言うと、彼女は勢いよく顔を上げこっちを向いた。溢れ出した気持ちで綺麗な顔が台無しになっているのも厭わずに。
「違っ、うんです。そうじゃ、なくてっ、私、女なのに、ずっと、先輩のことがっ」
きっと竜も悩んでた。実ってはいけないはずの想いで、すべてが崩れるのを。
「うん、分かってる」
きっと彼も知っていた。彼女の想いと、それを受け入れた先を。
だから終わらせた。
でも、私たちは終わりじゃない。
「これからも、よろしくね」
私は優しくキスをする。お別れと、そして始まりの。
「君に好かれてしまった」』
パタン。その音が、私と彼女だけの教室に響いた。
「ん~、めっちゃ面白かった~! ……あ、ごめんなさい」
読み終えた本を片手に立ち上がり、言葉と共に大きく伸びをした彼女は、私と目が合うと申し訳なさそうに小さな声で謝ってきた。
「ううん、最後にいつものが見れて良かった」
明るい口調でそう言いながら、私はスカートの上に閉じていた本を、そっと椅子に置き立ち上がった。瞳の端に映る彼女は寂しそうな微笑を浮かべていた。
「それより、どうだった?」
窓の方へ歩きながら尋ねると、彼女は一転、溌溂とした声で口を開く。
「はい、すごく面白かったです! 流石先輩が一番好きな本ですね! まず主人公が相棒の竜と出会う……」
今までにない程興奮している彼女の感想を聞きながら、私は窓を開けた。
穏やかな風と共に流れ込む一片の桜の花弁。それを追いかけ流された私の視線の先には、見慣れた光景が広がっている。
椅子が二脚向かい合い、それ以外には何もない空き教室。授業も終わり、ここにはもう誰も来ない。いるのはただ、かけがえのない彼女だけ。
彼女が楽しそうに語る姿が愛おしくて、私は微笑みを浮かべたまま相槌を打つ。
「うん、それは良かった」
「ただ、一つだけ気になるところがあって」
彼女は持っている本の最後の方のページを開いて視線を落とし、そしてすぐまた私の方を向いて首を傾げた。
「『君に好かれてしまった』って主人公の最期の一言、こんな言い方しなくても良かったのかなって。まるで好かれたくなかったみたいで、寂しいじゃないですか」
「そうだね、彼は忘れてほしかったんだと思う。ここで初めて『君』と呼ばれた相棒の竜は、きっとこの先も独りで生き続ける。そんな彼女を苦しめないように、わざとあんな言葉を使った、と思うよ」
私の考えを聞いた彼女は黙って俯いていた。その表情は分からない。
風に靡かれた髪も気にせず、私はただ、じっと彼女の言葉を待つ。
数秒の沈黙を破ったのは押し殺された嗚咽と、鼻をすする音。
「先輩は……そんなこと、言わないで、くださいね」
途切れ途切れに、大粒の涙と共に、掠れ声で零れ落ちるその言葉が、私には少し嬉しかった。
「うん、絶対に言わないよ」
慰めるようにそう言うと、彼女は勢いよく顔を上げこっちを向いた。溢れ出した気持ちで綺麗な顔が台無しになっているのも厭わずに。
「違っ、うんです。そうじゃ、なくてっ、私、女なのに、ずっと、先輩のことがっ」
きっと竜も悩んでた。実ってはいけないはずの想いで、すべてが崩れるのを。
「うん、分かってる」
きっと彼も知っていた。彼女の想いと、それを受け入れた先を。
だから終わらせた。
でも、私たちは終わりじゃない。
「これからも、よろしくね」
私は優しくキスをする。お別れと、そして始まりの。