zorozoro - 文芸寄港

人を見るな、手を見ろ

2024/04/18 22:14:52
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「あ、見て。あそこの二人」
 そう言って彼女はショッピングモール3階の大きな吹き抜けから二階にいる強面の男たちを指差した。男たちは二人とも黒のスーツ姿で、遠目から見ても体格の良さそうな巨漢の二人だった。
「うん、あの人たちがどうかした?」
「何してる人たちだと思う? あの二人。あ、クリーム付いてるよ」
「さあ、見た目通りに自営業とか? ん、ありがとう」
 俺の後方に立っている彼女は、右手を伸ばし、ハンカチで口元を拭った。さっき食べたカルボナーラの残滓を拭き取るその瞬間に、彼女の顔が不意に近づいて、少しばかりドキッとしてしまう。髪の毛からはシトラスの香りに少しだけ汗の匂いが混ざって扇情的だ。
「んー、ハズレかな。いまどきのヤが付く人達って、あそこまで如何にもな格好してないよ。そうだね、身なりも良さそうだし、胸には金色のバッジを着けてる。チンピラとかじゃなくて、本当に怖い人なのかも」
 頭の中に色々と想像が巡る。もし彼女の言った通り、本当に、権力的な意味で怖い人なのだとしたら。
「それはそうと、早く行くよ」
「え、早くないか? ちょっとは食休みさせて欲しいんだけど」
「えー、彼女の頼みが聞けないとな?」
 彼女の手に力が籠って、俺の腰の辺りに固いものが押し付けられる。
「そんじゃあ、ほら、行くよっ」
 彼女に抗えないまま、エスカレーターで吹き抜けに沿って降りて行く。その時、対岸の昇りエスカレーターにはさっきの強面の二人組が乗っていた。二人は何かを探すようにきょろきょろと辺りを見回している。俺は、もしかしたら自分たちを探しているんじゃないかと思って内心ヒヤリとしていた。だんだんと距離が近づいてくるが、緊張で引き攣りそうな俺の視界の端から彼女が躍り出てきて、突然、俺の唇に唇を重ねた。
「!?」
1秒……2秒……3秒経って、ようやく彼女が口を離してくれた。
「ぷはぁっ、何すんだよっ」
 新鮮な空気を吸って、遅れて羞恥がやってくる。彼女は「彼氏の特権じゃん?」などと惚けたことを言っているし、その意図がわからなかった。そして何より。
 俺に彼女なんて居ない。
 話は遡って10分前。俺はこのモールで携帯電話を購入し、行きつけのパスタ屋で昼食を済ませ、午後の予定を思案していたところ、この女がいきなり背後から固い何かを押し付けてきて、「これは拳銃です。今から私と恋人のフリをしてください」と脅迫してきた。
それから今の今まで、恋人のような振る舞いを強いられていたわけなのだけれど、目的も意図もさっぱりわからなかった。おまけにキスまでしてしまう始末。初対面なのに……。
 気づけばエスカレーターを降りて、俺たちは二階にいた。
「ごめんね、お兄さん。実は今窃盗で追われててさ。さっきの二人、ちょっとヤバめな宝石店の黒服なんだよね」
 彼女は先ほどと打って変わって、おどけたように滔々と説明してきた。窃盗? 宝石店? 突拍子もない単語の並びに、思わず面食らってしまう。
「いやぁ、キスしてるカップルって、なんだか目を背けたくなっちゃうものでしょ? ああしないと追っ手を巻くのが厳しくってさぁ」
 そう言って彼女は三階を指す。彼女が二階にいることには気づかないようで、男たちはエスカレーターを降りると早足でどこかへ歩いて行ってしまった。
「それじゃあ、最初からあいつらを巻くために、恋人のフリを?」
「そう。急にこんなことしてごめんね」
 彼女はようやく俺から離れて、
「じゃあねっ、あと、これは銃じゃなくて携帯だからっ、安心して!」
 彼女の手には拳銃――ではなく、黒い板のようなものが握られている。ポケットを確認すると、俺が先ほど買った携帯電話がなくなっていた。
 次の瞬間にはクラウチングスタートの姿勢をとり、俺は彼女の追跡を開始した。
読んでくれて、感謝します。
今年の選抜めっちゃ書いたな、私。
鬼氏
elizabass.kai.jp@gmail.com
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コメント



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1.80べに削除
ぬの仙台の話でも少し似たことやってたねーやっぱりこのくらいいきいしてるほうがいい。
2.80v狐々削除
面白かったです。最後ちょけたので10点マイナスしました
3.80削除
最後で笑った。