丸いフォルムが机をなでる。艶々しい赤が静かに私を見て、窓の外の木々を見て、私に向かって言う。「本当に食べてしまっても良いのか」と。
私は笑顔で彼女に答える。「あなたを食べずに、私はどうして姫になれましょうか。四つか八つに切り分けて、食を楽しむものでもなしに。潰して焼いて、香ばしさに一時の死を恐れるものでもなしに」
彼女は私に沈黙を差し出し、私は彼女の体を受け取る。リンゴの赤と、木々の緑が対照的だった。赤は私の手の中に収まる。私は沈黙の赤にキスをする。白雪姫はきっともっとおとしやか。白雪姫はきっともっと上品に。私はリンゴに歯を立てる。リンゴに付いた歯形は、美しくなかった。私はその歯形を隠すように食べる。隠す。食べる。隠す。リンゴは私の手から無くなった。
部屋には時計の秒針の音があった。窓の外から車のエンジン音が聞こえた。隣の部屋から下手なギターの音がする。リンゴのあった机に、蛍光灯が反射する。
「ちがうかもしれない」
私は深く深く、息をする。空気は古いオイルの味がした。一歩、二歩と後ずさる。半額の値下げシールが貼られたプラパックがあった。山形県産のリンゴ。開きっぱなしのノートパソコンのディスプレイに、私の顔が反射する。モノクロだから、これが遺影? 今から王子と小人が。どこに?「ここに」
いいえまだ、私の体に毒が回っていないから、私がまだ、まだ白雪姫になっていないから。これからギターの音が止んで、工場からのオイルが止んで、エンジン音が少なくなって。
秒針の音。止まない。秒針。十二に針が重なって私は現実に戻る。私は白雪姫になれなかった。リンゴのパックをゴミ箱にポイと捨てた。
私は、十二時の時計に話しかける。「もっと早く言ってよ」十二時の現実。やっと分かった。私はシンデレラなんだ。
私は笑顔で彼女に答える。「あなたを食べずに、私はどうして姫になれましょうか。四つか八つに切り分けて、食を楽しむものでもなしに。潰して焼いて、香ばしさに一時の死を恐れるものでもなしに」
彼女は私に沈黙を差し出し、私は彼女の体を受け取る。リンゴの赤と、木々の緑が対照的だった。赤は私の手の中に収まる。私は沈黙の赤にキスをする。白雪姫はきっともっとおとしやか。白雪姫はきっともっと上品に。私はリンゴに歯を立てる。リンゴに付いた歯形は、美しくなかった。私はその歯形を隠すように食べる。隠す。食べる。隠す。リンゴは私の手から無くなった。
部屋には時計の秒針の音があった。窓の外から車のエンジン音が聞こえた。隣の部屋から下手なギターの音がする。リンゴのあった机に、蛍光灯が反射する。
「ちがうかもしれない」
私は深く深く、息をする。空気は古いオイルの味がした。一歩、二歩と後ずさる。半額の値下げシールが貼られたプラパックがあった。山形県産のリンゴ。開きっぱなしのノートパソコンのディスプレイに、私の顔が反射する。モノクロだから、これが遺影? 今から王子と小人が。どこに?「ここに」
いいえまだ、私の体に毒が回っていないから、私がまだ、まだ白雪姫になっていないから。これからギターの音が止んで、工場からのオイルが止んで、エンジン音が少なくなって。
秒針の音。止まない。秒針。十二に針が重なって私は現実に戻る。私は白雪姫になれなかった。リンゴのパックをゴミ箱にポイと捨てた。
私は、十二時の時計に話しかける。「もっと早く言ってよ」十二時の現実。やっと分かった。私はシンデレラなんだ。