zorozoro - 文芸寄港

セカンドフラッシュ

2024/04/18 12:53:55
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「髪、切らないの?」
 目の前に座る君へとあたしは問いかける。
 君は少しの音も立てずにティーカップを手に取って紅茶を啜る。チクタクと鳴り響く秒針の音が、数回あたしたちを叩いた。
「もう半年経ったよ」
 カチャ、とソーサーにカップを置く音が聞こえてから、君はやっと口を開く。
「まだ半年だよ。それに、伸ばしているだけ」
「ふーん」
 あたしの記憶だと前はちょうどいいタイミングがないだけだ、と言っていたはず。初めて染めたその髪を、似合っていると告げた君の好きな人は、今頃恋人と一緒にいるよ。
 ぐいっと目の前の冷め始めたダージリンを一気に飲み干す。この紅茶は味が濃くて渋いから、あたしは苦手だ。
 水の入ったコップへと手を伸ばすあたしを見て、君は目を細めながらポットの残りを自分のカップへと移した。空中を駆け抜ける茶葉の匂いがあたしの横をすり抜けていく。
「いつも苦そうに飲むけど、他の紅茶でもいいんだよ?」
 と君は壁に立てかけられたメニューを指さす。別に、と呟いてあたしは首を横に振った。
「匂いは好きだからいいの、それにあたしはこれ以外の銘柄はよく知らないし」
「そっか」
 君は美味しそうに紅茶を飲む。一気に飲み込むあたしとは大違いで、口に含んでからもゆっくり味を楽しんでる。
 次はアイスで頼まないとね、と君はティーカップを持ったまま窓の外を見た。梅雨の明けた空は眩しすぎるくらいに青い。
「これから暑くなるんだし、もう切っちゃえばいいのに」
 外から入り込む生ぬるい風が、鎖骨のあたりまで伸びた君の髪を撫でた。あたしが手にするコップの中で漂う氷がカラン、と音を立てる。
「髪だって痛むでしょ? 黒のままでも綺麗だったのになぁ」
 リタッチカラーで伸びた根本をうめて毛先の色と揃える。その度にかかるお金だって馬鹿にならない。あたしは子供の頃からずっと、絹のような美しさの黒髪が好きだったのに。
「お兄ちゃんには付き合ってる人がいるよ」
「うん、知ってる」
 君は表情ひとつ変えずにそう答える。
「ふーーん」 
 ガリガリと氷を食べるあたしを見て、君は困ったように眉を下げた。
「いいんだ。私がこの色を気に入っているだけだから」
 それにさ、とあたしの目を捉えて君は言う。
「この髪、貴方も好きなんでしょ?」
 コップの底に残った水を喉に流し込むあたしを見ながら、君はいたずらっぽく笑う。陽の光に当たって輝く綺麗な飴色が、動きに合わせてゆらゆら揺れる。
 君が好きな紅茶とおんなじで苦い匂いがするから、あたしは今の君なんて嫌いだ。
自分の好みに全振りしたやつです
Ⅰ月十日
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コメント



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1.80べに削除
久しぶりに読ませてもらいました。良かったです。
2.70鬼氏削除
性癖を感じました
3.80削除
紅茶や時計、髪の毛の描写が細やかで良い。
4.80v狐々削除
良い空気。頭の中にメトロノームが浮かびました。