「足、貸してくれない?」
四限のチャイムの直後、廊下の人波を掻き分けて二つ隣のクラス、ヨウの所へ行った。弁当の包みを半ば開いていた彼女は心底呆れたという表情で私を見た。
「お願い、ヨウ次座学でしょ」
ヨウは頬杖をつくと私のスカートの裾を軽く捲って覗き込んだ。
「コマさあ、充電は? 昨日何してた訳?」
電動の義体『ELB』が一般化してもう随分になる。コマ——私の左足のELB、膝上七センチ程のところに小さく表示された「low battery」の文字を見てヨウは頭を抱えるようにして私を見た。今日この後家に帰るくらいならもつが、体育なんかやったら確実に電池が無くなる。歩けなくなる訳では無いが電欠のELBは、お荷物と言っても差し支えなくなるくらいには重かった。
「部活から帰って寝落ちしました……」
ヨウは「もうほんとに」とお決まりの文句を枕に添えると、最もらしい説教に罵詈雑言を混ぜながら私を責めた。いつもながら耳が痛い。
「ちょっと聞いてるの?」
ヨウは怪訝そうに私を覗き込んでいる。私は慌てて姿勢を正した。ヨウは軽くため息をつくと隣の席から椅子を引っ張って来た。
「コマ、なにしてんの? 座って」
「え?」
間抜けな声を返した私の手をヨウは軽く引っ張った。
「五限の間だけなら、足、貸してあげてもいいよ」
「ミサンガ巻いとくから、私のだって印に」
ヨウは慣れた手つきで自分の左足のELBを外すと私に手渡した。ヨウと私はそれぞれが事故で左足を失っている。初めて出会ったのもELBの講習会だった。あれから、もう四年か五年になる。
有機合成素材で再現されたELBの人肌はやっぱり少し冷たい。私はオレンジのミサンガが踝のところに巻かれたヨウの足を暫く眺めてから、彼女の隣に腰を下ろして、自分の足を外し、ヨウのものとつけ替えた。軽い金属音がした。
「ありがとう」
「今度スタバ奢ってもらうからね」
ヨウは代わりに受け取った私の足をつけて、ペアリングを済ませると二、三度曲げたり伸ばしたりしてから「まあいいだろうと」言わんばかりに頷いた。ヨウは強かった。事故に遭ってからもうダメだ、何も出来ないとふさぎ込んでいた私にとって、私の手を取って一緒に歩く練習をしてくれた彼女は眩しかった。
「ごめんね、いつも」
「別に」少したくし上げていたスカートを戻してから、ヨウは感触を確かめる慎重に立ち上がった。「謝ることじゃない」
「でも——」
ヨウは微笑んだ。そして「そんな顔しないで」といつかのように私を撫でた。
「教科書借りに来るみたいに足借りに来るのコマだけだし。そのくらい私に気を遣わないで接してくれるのには感謝してるからね」
ヨウは軽く伸びをしてから「お昼食べよ」と言ってまた席についた。足元、右足は私の名前の上履きだが、左足はヨウの名前の上履きになっている。ヨウも足元を見て「なんか慣れないね」と笑った。そうして私たちはいつもと違う足になり、その様子を見ていた外野からしばらくの間大層冷やかされたのだった。
四限のチャイムの直後、廊下の人波を掻き分けて二つ隣のクラス、ヨウの所へ行った。弁当の包みを半ば開いていた彼女は心底呆れたという表情で私を見た。
「お願い、ヨウ次座学でしょ」
ヨウは頬杖をつくと私のスカートの裾を軽く捲って覗き込んだ。
「コマさあ、充電は? 昨日何してた訳?」
電動の義体『ELB』が一般化してもう随分になる。コマ——私の左足のELB、膝上七センチ程のところに小さく表示された「low battery」の文字を見てヨウは頭を抱えるようにして私を見た。今日この後家に帰るくらいならもつが、体育なんかやったら確実に電池が無くなる。歩けなくなる訳では無いが電欠のELBは、お荷物と言っても差し支えなくなるくらいには重かった。
「部活から帰って寝落ちしました……」
ヨウは「もうほんとに」とお決まりの文句を枕に添えると、最もらしい説教に罵詈雑言を混ぜながら私を責めた。いつもながら耳が痛い。
「ちょっと聞いてるの?」
ヨウは怪訝そうに私を覗き込んでいる。私は慌てて姿勢を正した。ヨウは軽くため息をつくと隣の席から椅子を引っ張って来た。
「コマ、なにしてんの? 座って」
「え?」
間抜けな声を返した私の手をヨウは軽く引っ張った。
「五限の間だけなら、足、貸してあげてもいいよ」
「ミサンガ巻いとくから、私のだって印に」
ヨウは慣れた手つきで自分の左足のELBを外すと私に手渡した。ヨウと私はそれぞれが事故で左足を失っている。初めて出会ったのもELBの講習会だった。あれから、もう四年か五年になる。
有機合成素材で再現されたELBの人肌はやっぱり少し冷たい。私はオレンジのミサンガが踝のところに巻かれたヨウの足を暫く眺めてから、彼女の隣に腰を下ろして、自分の足を外し、ヨウのものとつけ替えた。軽い金属音がした。
「ありがとう」
「今度スタバ奢ってもらうからね」
ヨウは代わりに受け取った私の足をつけて、ペアリングを済ませると二、三度曲げたり伸ばしたりしてから「まあいいだろうと」言わんばかりに頷いた。ヨウは強かった。事故に遭ってからもうダメだ、何も出来ないとふさぎ込んでいた私にとって、私の手を取って一緒に歩く練習をしてくれた彼女は眩しかった。
「ごめんね、いつも」
「別に」少したくし上げていたスカートを戻してから、ヨウは感触を確かめる慎重に立ち上がった。「謝ることじゃない」
「でも——」
ヨウは微笑んだ。そして「そんな顔しないで」といつかのように私を撫でた。
「教科書借りに来るみたいに足借りに来るのコマだけだし。そのくらい私に気を遣わないで接してくれるのには感謝してるからね」
ヨウは軽く伸びをしてから「お昼食べよ」と言ってまた席についた。足元、右足は私の名前の上履きだが、左足はヨウの名前の上履きになっている。ヨウも足元を見て「なんか慣れないね」と笑った。そうして私たちはいつもと違う足になり、その様子を見ていた外野からしばらくの間大層冷やかされたのだった。
「そのくらい私に気を遣わないで接してくれるのには感謝してるからね」ってのが良いと思いました