zorozoro - 文芸寄港

ブラックジョーク

2024/04/08 21:58:13
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 鏡に映る自分を見つめて、私は今猛烈に怒りと呆れと驚きと絶望が交じってミキサーでかき混ぜたようなそんな気持ちに襲われています。初めての感覚に名前をつけたいのに、いい名前が思い浮かばない。名前がないものは怖い。そうか、色んなものに名前をつけることで初めて人間はそれを支配することができるのか。そんなことに気づいても、まさに後の祭りでした。
 私には家族がいます。父と母と犬とメダカ。
父は優しく、母も優しく、犬も優しいですが、メダカは少し話が通じないところがあり愛想が悪いです。
そんなメダカですが、私の親友です。
 メダカとは私が中学生の時に出会いました。夏休みの自由研究で近くの川に釣りをしに行きました。そこでメダカに出会いました。ピチピチと跳ねる様がどこか嬉しそうでよく覚えています。なんてったって親友との出会いですから。
 毎日餌を上げてやって一ヶ月に一回、水槽の水をカルキ抜きした水に取り換えてやる。まったくメダカは私なしで生きていけないんだから!そう思ってるうちに私もメダカなしでは生きていけなくなっていました。これが今流行りの依存と言うやつか、と自覚した時思いました。
 私は毎日、メダカに今日あったことを話しました。揚げパンが給食ででた日はメダカも嬉しそうで、裕太くんに振られた日はメダカも一緒になって泣いていました。私の悲しみを同じ温度で感じてくれる。とても心の繋がりを感じるいい親友でした。
 ですが、今はメダカも私もキリキリしていてあまり仲良くお話しすることができていません。それは貧乏すぎて食べるものがないからです。ぐーぐーと私達のお腹はずっとなっていました。あまりにもうるさいのでメダカのようにお腹ともお話ができるようになると思ってしまうほどです。一人暮らしを始めてからというもの家賃に収入のほとんどを取られ、食費はなかなか厳しいです。
職もない田舎者の私には東京の普通がずっと背伸びしているみたいです。
 私が生まれた故郷は良くも悪くも、何も無いところでした。空気が美味しくて、イオンが大きくて、救急車や消防車の音がすると近所の人が集まって騒ぐ、そんな何も無いところでした。何も無いので大きな絶望も悲しみも哀しみもないけれど、大きな希望も喜びも憂鬱もなんにもないところでした。
 だから私は東京に憧れました。東京には何も無いんだ!なんてよく前髪で目が隠れたバンドマンは叫びます。ですが、一ミリも信じていませんでした。東京には何もないんだ、と叫ぶバンドは等しく薄っぺらいものです。女を抱くことしか考えていないような、灰色の自分が大好きなただの下半身。彼らの脳みそはただのタンパク質。それよりも私が好きなのは、東京だって星空が見えるじゃないかと歌ってくれたあのバンドです。少なくとも、東京には星空があるんだ。そのキラキラを握りしめて、私はメダカと東京行きの長い長い電車に飛び乗りました。東京で憂鬱も希望も全部を抱いて、死んで星になれるなら地球になっちゃうくらい大きな女になる、そう思っています。ですが腹が減っては戦ができぬ、というのはよく言ったもので、バイトして得るお金でギリギリ家賃を払う私は毎日卵1個で済ませるような生活をしています。
ギリギリで生きていました。
ギリギリで生きていました。
  だからとりあえずメダカを食べました。ここ、笑うところです。
 故郷での私はちっぽけだったので、変わろうと思い東京には何もつれて行かないつもりでした。教室の隅っこで本を読んでいるような生徒でした。少し発言すればこそこそと笑われるような。ですが私の心のうちには大きな野望が確かに有りました。それは漠然としていましたがクラスの誰よりも、故郷の誰よりも大きな野望でした。だから全て捨ててこなくちゃならない。ですが、親友のメダカだけは連れてきてしまいました。なんてったって親友なんですから。寂しかったんです。それにメダカも私がいなくなったら寂しいはず。私を思い、泣くばかりのメダカ生をメダカに送って欲しくない。そういう気持ちがメダカを連れてきてしまいました。とにかくメダカを愛していました。
 なので空腹と愛を込めてメダカを食べました。
 愛ってこういう味なんだな、と思いました。愛ってのはもっと冷たくて体温なんか伝わらなくい程で人間の内側と同じ桃色だと思っていました。ドロドロしていてゴッホの絵でもベートーヴェンの音楽でも輪郭を描くことができないような、そんな不思議なものだと思っていました。ですが予想と違って、白に少し茶色をしていて確かに輪郭のある、暖かかった愛の味に私は驚きました。愛ゆえに涙が流れました。一筋に光る綺麗な涙でした。きっとメダカも泣いている、私はそう確信しました。私の中で私とひとつになって嬉しくて泣いているのか、食べられてクソ喰らえと泣いているのか分からないけど、それすらも愛だと思います。怒りすらも感動です。確かに感情が動いているんですから。怒りすらも愛なんです。いや、恋かもしれない。恋ならいいなと思いました。
 ところで、メダカを食べてから私の体はおかしくなってしまいました。白い羽が生えて黄色いわっかが頭の上に浮いています。まるで天使みたいだと、そう思います。この非日常が逆に私を冷静にさせています。何か妙な感覚がする。してはいけないことをしてしまった時の感覚です。先生に怒られるのが分かっているけれど、まだ授業中だから怒られない時のぐちゃぐちゃとおんなじ感覚。そのはっきりとした答えが鏡の中の自分なのは明白です。私はじーっと自分を見つめてハッとしました。私は気づきました。私がメダカを食べたのではなく私がメダカに食べられたんだ、と。
 内側から食い尽くされるこの感覚。自覚した瞬間確かに感じ始めました。ザクザクとむしゃむしゃと何か得体の知れないものに蝕まれて自分の一部が失われる感覚。腹の中を這いずり回るように黒いような何かが体内で暴れています。深呼吸をします。ヒュー、ヒュー。虚しく、感覚は変わらない。たかがメダカに。私は喰われたのか?いつだって私より可哀想だから私はメダカと仲良くできたのに。それが人間ってやつなので私が冷酷なわけでは有りません。餌を用意するのも水槽の水を変えるのも全部私がしてきたのに。私がいなきゃ生きていけないくせに。私が困った時はこんな仕打ちをしてくるなんて。有り得ない。有り得ません。私は怒りでワナワナと震えています。この世は弱肉強食!なんて皮肉な世界なんだ!
  東京には何も無いんだー!!!
よろしくお願いします。
田中愛子
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コメント



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1.100べに削除
好き、まじで好き。このセンスは大事にして欲しい。
4.100HandCuff削除
偏見に見えて共感性のある視点がとっても好きです。
5.100v狐々削除
再評価。凄いエネルギー、滅茶苦茶でありながらも因果は一貫している怪物的一作。
6.90非公式削除
生々しいのに優しい。
8.100名も無き文芸生削除
🗼