zorozoro - 文芸寄港

包丁

2024/04/07 02:35:17
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 包丁が好きなんです。ええ、そうですあの包丁ですよ。それも中華料理屋とかで見るような大きなものや、外国のなんというんでしょうか——ナイフのようなものではなく、どこの家庭にもあるようなものが好きなんですよ。変ですかね。
 三徳包丁というんでしょうか、三十センチほどで真っすぐな峰が切っ先に向けて柔らかなカーブをしていて、それが方向を返してまた違った曲線と反りを描きながら、刃になっていくあれです。「刃線」というそうなんですが、薄い刃が刃元のアゴのところが直角になっているあれですよ。
 私は特別刃物が好きな訳じゃないのです。小学生時分に図画工作や家庭科や、いろんな刃物を使う機会があったと思いますけど——。私はそういう時間が大層苦手でした。鋏なんか、刃と刃が交わって閉じていくとなんだかいつの間にか紙や布なんかが切れてしまっていて不気味じゃないですか。カッターナイフなんかもボール紙を切る、というよりは裂いているようですし刃が薄すぎて心配になるんです。そういえば鋸なんかも使いましたね。でもあれ、なんだかギザギザとしていて怖いですし、これもまたぎこぎこと引いているのでやっぱり裂いているように感じてしまって気味が悪いのです。
 そんな風に思っていましたので切り絵も、裁縫も、工作もやっぱり苦手でした。当時の私は刃物が苦手、だと思っていたんです。自然と家の台所など避けますし、食卓にナイフがあっても目に入れないように努めたものです。
ですので私が初めて包丁というものを握ったのも学校の家庭科の授業の時でした。大層嫌だとごねたのですが、いざ自分の番となって持ってみれば怖くありませんでした。子供が扱えるものでしたから、持ち手もプラスチックで握りやすく、刃も短いものでした。こう、柄をしっかりと握りまして押すように力を込めますとザクリと音がして野菜が切れたんです。切れたんですよ。
 私は、それで包丁が好きになりました。こう、包丁を持ちましてくすんだ銀の「平」の上にぼうっと私の輪郭が映るのがなんとも美しくて。一通りそうしてから刃を上にして眺めてみます。そして峰から先細るように薄く研ぎ澄まされてきた刃に指を添わせてツーっと走らせてみたりするのです。
 ただ理由もなくそんなことをする訳にもいきませんので。私はお料理を始めたのです。偏に包丁が好きだから。おかしな話ですね。そうしていろんなものを包丁で切りました。肉、魚、野菜やキノコに果実……。特に魚の頭を落とそうと力を込めたときに、骨がバキリと砕けるのと、束ねた菜をブツリとやるのがなんともいいのです。そうして最近気づいたのです。私はきっと包丁で「切る」ことが好きなのだと。
 こうしてお店を持てるくらいになりましたので、いろんなものを作ってきましたし、それはそれは色んなものを切ってきましたよ。そうですねぇ。まだ切っていないものと言えば——人間くらいなものでしょうか。
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コメント



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1.80v狐々削除
良かったです。別に人間なんて切る気は無いのかもしれなくても、他人の心の中は読めないから恐ろしい。
2.70Emuri削除
そうか、切るのが好きな料理人もいるかも!って思いましたw これからどんな展開になるのかなって勝手に想像。
4.70鬼氏削除
小噺としてまとまりがあっていいと思います。人間に興味が向く過程として、たまたま自分の指を切ってしまって……みたいなのがあったら猟奇的な演出になるんじゃないかと思いました。