繁華街のネオンに照らされながら、気丈に僕の前を歩く彼女は所謂《樹木霊(ドライアド)》と呼ばれる種族で、見た目は人間と大差ないが、体組織が樹木で構成されている。
今日は彼女の両親への結婚挨拶の日で、すっかり疲弊してしまった僕たちは帰る前に行きつけの多種族入店可の大衆居酒屋へと足を運びささやかな祝杯を挙げた。
大きく杯を呷いで、彼女はため息をつく。
酔いが回りやすい体質なのに、今日はすごいペースで栄養剤を口に入れていった。そんなに飲んだら枝葉が急激に伸びて歩けなくなるのだが、彼女は僕の制止を振り切って自棄を起こしたように切り出した。
「本当に私でよかったのか、君は」
樹木霊にしては中々の声量で、いつもの厳めしい口調もこの時ばかりは少し違って聞こえた。
「私の親が寛容だから良かったが、君の周囲も同じとは限らないのに」
彼女は再び杯を呷る。
「それに私は……そんなにいい女じゃない」
樹皮の肌をさすりながらこちらを見る目は微かに潤んでいた。それが僕にはとても愛おしくも寂しそうで、孤独に見えた。
いい女じゃない? そんな訳がない。
僕は彼女の手を取り、手短に会計を済ませて店を出る。困惑する彼女を尻目に、緊張の面持ちで僕は街の南を目指して歩き始めた。
世間に異種族の存在が認知されてから大分経つが、未だ異種族間の婚姻に対しては奇異の目と冷笑に満ちている。然しそれも一理あって、種族間の身体の違いは大きく、共同生活における危険や、そういった行為をするときのリスクは計り知れない。
とどのつまり、僕たちは婚前交渉を済ませていなかった。
ホテルの一室に入ると、次の瞬間に僕は彼女に抱きついていた。無理矢理だったかと躊躇しそうになったが、彼女も息が荒くなり、胸越しに彼女の維管束がとくとくと脈打っていた。
数秒見つめ合って、それから一度口づけを交わす。そのままベッドへ彼女を押し倒すと、口に残った樹液の甘い香りが僕の本能を加速させた。
服も脱がぬまま、互いの身体の表面をなぞる様に指を滑らせると、
「いたっ」
小さな棘が、指に刺さっていた。
血が流れる僕の指を見て、彼女の身体が強張る。不安になったのかと聞くと、彼女はこくりと頷いた。
「やっぱり無理だ。私は傷つける側なのに……君に見限られたくないって、考えてる」
「見限るわけがないよ」
彼女は腕に力を込めて、泣いていた。
「離せないんだ。私は、君に好かれてしまったから。私が何をしても、君は受け入れてくれるから。この棘で傷つけるのだって、きっと止められない」
「それでも、僕は君の棘を愛したんだ」
僕はもう一度、彼女に口づけをした。慎重に、互いを傷つけない様に、自分と彼女の距離を近付けて行き……そして重なる。
彼女の中は、滾るような樹液で滑らかだった。
彼女は背中から伸びた枝葉を僕に巻き付け、包み込んでいく。
僕は、ようやく一つに成れた感激と共に、祈るように静かに身体を揺すり始めた。
今日は彼女の両親への結婚挨拶の日で、すっかり疲弊してしまった僕たちは帰る前に行きつけの多種族入店可の大衆居酒屋へと足を運びささやかな祝杯を挙げた。
大きく杯を呷いで、彼女はため息をつく。
酔いが回りやすい体質なのに、今日はすごいペースで栄養剤を口に入れていった。そんなに飲んだら枝葉が急激に伸びて歩けなくなるのだが、彼女は僕の制止を振り切って自棄を起こしたように切り出した。
「本当に私でよかったのか、君は」
樹木霊にしては中々の声量で、いつもの厳めしい口調もこの時ばかりは少し違って聞こえた。
「私の親が寛容だから良かったが、君の周囲も同じとは限らないのに」
彼女は再び杯を呷る。
「それに私は……そんなにいい女じゃない」
樹皮の肌をさすりながらこちらを見る目は微かに潤んでいた。それが僕にはとても愛おしくも寂しそうで、孤独に見えた。
いい女じゃない? そんな訳がない。
僕は彼女の手を取り、手短に会計を済ませて店を出る。困惑する彼女を尻目に、緊張の面持ちで僕は街の南を目指して歩き始めた。
世間に異種族の存在が認知されてから大分経つが、未だ異種族間の婚姻に対しては奇異の目と冷笑に満ちている。然しそれも一理あって、種族間の身体の違いは大きく、共同生活における危険や、そういった行為をするときのリスクは計り知れない。
とどのつまり、僕たちは婚前交渉を済ませていなかった。
ホテルの一室に入ると、次の瞬間に僕は彼女に抱きついていた。無理矢理だったかと躊躇しそうになったが、彼女も息が荒くなり、胸越しに彼女の維管束がとくとくと脈打っていた。
数秒見つめ合って、それから一度口づけを交わす。そのままベッドへ彼女を押し倒すと、口に残った樹液の甘い香りが僕の本能を加速させた。
服も脱がぬまま、互いの身体の表面をなぞる様に指を滑らせると、
「いたっ」
小さな棘が、指に刺さっていた。
血が流れる僕の指を見て、彼女の身体が強張る。不安になったのかと聞くと、彼女はこくりと頷いた。
「やっぱり無理だ。私は傷つける側なのに……君に見限られたくないって、考えてる」
「見限るわけがないよ」
彼女は腕に力を込めて、泣いていた。
「離せないんだ。私は、君に好かれてしまったから。私が何をしても、君は受け入れてくれるから。この棘で傷つけるのだって、きっと止められない」
「それでも、僕は君の棘を愛したんだ」
僕はもう一度、彼女に口づけをした。慎重に、互いを傷つけない様に、自分と彼女の距離を近付けて行き……そして重なる。
彼女の中は、滾るような樹液で滑らかだった。
彼女は背中から伸びた枝葉を僕に巻き付け、包み込んでいく。
僕は、ようやく一つに成れた感激と共に、祈るように静かに身体を揺すり始めた。